わざわざギリシャまで行ってスパルタスロンに挑戦したひとつの理由が、「さくら道国際ネイチャーラン」への参加のため、2013年にも参加希望を出したが補欠にも入ることはなく、完走経験者の方にスパルタ完走すると選ばれやすいと聞いた。
なんとかスパルタを完走して2015年の選考に選ばれて念願の参加と言う運びになった、周りの皆様から話を伺うと、スパルタ走ってきたなら完走は問題なく、少しスパルタより早くゴールできる事が多いと聞く。
私の脳内のさくら道を走るイメージは…
名古屋城を飛び出し名古屋から市外に行くにつれて農村風景と時期が終わった葉桜の花びら落ちる道を岐阜に向けて走る、高度が上がってくるとまだ咲いている桜があり高原には残雪。続く坂道と冷え込みは辛いが景色が癒してくれる。花びら舞い散る夜桜のトンネルの中を白川郷へ。美しい景色に眠気を感じることもなく、夜の世界遺産は静かにランナーを迎えてくれる(ライトアップされててとっても綺麗)、200km超えてからの残りは金沢方面に一気に下り兼六園の美しい庭園を眺めつつ感動のゴールを迎える。
…というなんとも幸せな妄想。長い距離を走ってる時に感じるはずの疲れ、痛み、眠気、寒さなどすっかり忘れた時間だった。
スタートの日、例によって前日はほとんど眠れずに朝、昨晩から少々部屋が寒いと感じてたんだけどベッドから起きると喉が痛い。「走ってれば治る」と気にしない、立つと足が痛い、多分先週のトレランかその後のジムの影響か、250km走ればいずれにしても足は痛くなるのでこれも気にしないフリをする、気のせい。
スタート前日やらレストポイントやら休んで良いのに気になって休めない私は気のせいとか、気にしないとか強がってみてはいるものの本来そんなメンタルは持ち合わせていない。「気にしない」は精一杯の自己暗示「足痛いなぁ、なんか風邪で熱っぽいなぁ、調子悪いけど250kmとか無理なんじゃないかな、そもそも元気でもきついんだよなぁ、今度こそ諦めちゃうのかな」
本当はボーッとしているようで色々考える。
現DeNA監督、巨人のかつての24番、中畑清選手を思い出す。「絶好調!」いつも言い続けていた。野球少年だった私はいつも本気で、少年のような笑顔でプレイする中畑選手が大好きだった。ずっと好調の選手などいるはずはない、自分の好不調を言い訳にせずお客さんの前で全力を出す姿は今でもはっきりと覚えている。
幸いなことに今までの参加レースでは、嫌になってやめてしまったり、進むことを諦めたり、関門に捕まったりして途中でやめたことはない。「あー、もうきつい」は良く言うけど辛くても楽しい。今度もきっとやりきれる。
荷物を持ってスタート地点へ、誰もランナーと一緒にならず道を間違えたのかと思ったけど来るのが遅いだけだった。急いでスタート地点へ並びウェーブスタート。私は5番目、全部で7ウェーブあるようだった。
1kmあたり5分30秒~6分ほどのペース。信号ストップで大体同じペースの人同士のグループができる。スパルタで一緒に走った顔見知りも多く心強い。信号で止まるたびに痛い足のストレッチを繰り返す。まだ10km、あと240km、まだ我慢できる程度の痛み、もう少しこの程度で持ってほしい。
後ろから来る早い集団としばし並走、ペースを上げたら痛みも無くなるんじゃないかと思って試したけどそんなことはない、あるわけない。
20kmほどからペースを落として、さっきまで一緒だった仲間とは離れる。桜はどこにもなく、なぜか4月なのに少々暑い。朝から感じていた足の痛さは増すばかりで、妄想が都合よすぎたことを差し引いても覚悟していたよりずっとキツい。
でも全く嫌にならずに走れたのは5kmほど走ると必ず待っていてくれるエイドの皆様が温かく迎えてくれること。信号で止まっていると話しかけてくれた地域のお祭り神輿担いでいたお兄さんの応援。時々通り過ぎる車から聞こえる応援。ギリシャでの「Bravo!」も日本の「すごいね!頑張って!」も、すごくエネルギーになる。とりあえずこの人の視界から消えるまでは走ろうかなって言う気持ちになる。
都合よく思い描いていた桜のトンネルもライトアップの合掌造りも無かったし、たくさんあるトンネル(車が通るやつ)では眠くなって、一緒に走ってくれる人の力を借りながら、なんとか騙し騙し、エイドとエイドとの間を繋ぎ、応援でやる気を繋ぎ止め、痛い足を一生懸命マッサージしてもらって後押しをもらい少しずつ進む、何人の助けを借りたんだろう、一人の力で走ってるわけじゃない。
ここから飛ばそうと予定していた残り38kmまでなんとか来る、ざっくり考えていたここに来る予定より大分遅い時間になったし、スパート出来る体力も有るのか分からなかったけどノースリーブに着替えて降りだしてきた雨の中ペースアップして走る。ゴールは多分歩いても間に合うからあとは全力を尽くすだけで良い。結構な雨降りなのに傘もささずエイドを訪れるたびに、いろんな人が笑顔で迎えてくれる、嬉しくてお腹減ってなくても勧められたら食べる。
一人で痛みと眠気に耐えて頑張るのは多分無理だった、少なくとも36時間には間に合わなかったと思う。名古屋城と兼六園の間250kmの道のりをランナーをどうにか完走させたい応援者の思いと、それに応えたいランナーの意地が繋いでいた。
自分のゴール後、制限時間まで佐藤桜の前に辿り着くランナーを待った。皆素晴らしい笑顔で帰ってくる。桜を植え始めた佐藤さんも桜並木を通して人同士の繋がりを作りたかったんだと感じた。
この繋がりに参加できたことに感謝、出来ることならまた参加したい。