アーティストのカナやんにはもちろん、写真が星の数ほどあるけど個人的に一番好きなのはやはり、初めて出会ったもの

これに決まっている(^▽^)
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
師匠の紹介してくれる、「西野カナの話をする人はつまらない」と題している文章を読ませてもらいましたが、私は一応、つまらない人間だから今回のブログ(笑)
入り口としてまさに、あの5年前のフレーズ:「会いたくて 会いたくて 震える」であり続ける。
「今世代を代表する稚拙な歌詞世界としていたずらに笑われてきた」
と一言で西野カナの歌詞を決め付けるのですが、もっと単純な言い方をすれば、
重複の(を含意する)ものは稚拙で笑われるべき
と言ってもよいようです。この論理を踏まえて、次の三つの数式も単純に論じられるみたい。
x + y = z ……*1
2x = z ……*2
x2 = z ……*3
明らかに、上の論理に基づいてそれぞれの稚拙さを、高いから低いへと順序を追って並べてみると次のようになるはず。
*3 > *2 > *1
つまり、式*1は重複するところがないから稚拙なものから除外されるはず。式*2は二つのxを連続して表現するので中間。三番目の式は二つのxがぴったりと重なり合うので一番稚拙な式で笑われるべきものです。とはいえ、その解として一番稚拙なものは逆に、一番興味深いこと。さあ、それぞれの式の解を見てみてください。
x = z – y ……*1’
x = z/2 ……*2’
x = √z ……*3’
式*1には変数の重複のところが一つもないので、その解としてもごく単純なものになってただの引き算でも済む一方、三つの変数の性質について何も語っていません。式*2はxを連続して表現するから(2x = x + x )その解は、やや複雑な割り算が必要になるけど、追加情報として二つのxだからzはかならず、偶数という性質も示唆しているのです。さらに、一番稚拙な式*3は二つのxがちょうど重なる(x2=x * x)のでその解は逆に、ほとんどの場合では電卓がないと計算できないくらい、微妙に難しいものです。そして、見た目は一つの変数にもかかわらず解としてはか・な・ら・ず、二通りある。実は、式*3のように変数が完全に重なった数式はしばしば、一番面白おかしい性質を示唆してくれるものです。たとえば、もし、2を式*3のzに代入すれば、解として古代ギリシア人をよく悩ました√2が得られました。そして、もっと問題的なのは、もし、今度 –1を式*3のzに代入すればどうなっているのでしょうか?解を得るためにはもっと抽象的で難解なコンセプトを導入せざるを得なかった。これは、複素数(complex number)なのです!
ご覧のように、稚拙だと思わせるものであっても、そこに止まらずに考えを進めれば興味深い発想はしばしば、生まれているのです。
ここで、また西野カナによる5年前の歌詞「会いたくて 会いたくて 震える」を見てみます。
本人によると(2011年2月25日の僕らの音楽Perfume x 西野カナのインタビューからの抜粋、会話の文字ははやっちさんによるものです)同じ言葉が続くことの理由として
「…同じ『君って』と『君って』って言葉でも、きっとニュアンスが違ったり、思いが違ったりするし、なんかいろんな意味でとらえてもらえるかなぁってのもあって..。」
正直にいうと稚拙な私はずっと、西野カナさんの意味をよく理解していなかったんですが…上の一番稚拙な数式x2=zの検討を通して今ではようやく、わかるような気がする(☆o☆)
その理解は実は、文字通りの理解だけでも十分です。同じなのはただ、言葉の現れ方だけ、違ったのは、いろんなニュアンスと思いにある、というわけです。歌詞を振り返ってみったら確かにそうです。人は普通、「会いたくて 会いたくて 震える」という部分にしか、注目していないようですが、その前後のフレーズをスルーしちゃう傾向がある。じゃあ、今回だけ、その前後のフレーズも考えます。たとえば、二番目のサビの「会いたくて 会いたくて 震える」のすぐ前のフレーズも検討する。
「Baby I know, 誰より君のすべてを知ってるのに、でもどうしてもあの子じゃなきゃダメなの?So tell me why! 会いたくて 会いたくて 震える…」
一つの「会いたくて」のニュアンスや思いとして、おそらく、元カレのところに行ってその元カレに「でもどうしてもあの子じゃなきゃダメなの So tell me why」と詰め寄るための、「会いたくて」なのではないだろうか?
もう一つの「会いたくて」について、その後のフレーズも考えます。
「…君思うほど遠く感じて もう一度二人戻れたら、届かない思い、my heart and feelings 会いたいって願っても会えない 強く思うほど辛くなって もう一度聞かせて嘘でも、あの日のように“好きだよ”って」
もう一つの「会いたくて」は、元カレへの未練のせいでたとえ嘘みたいな愛の言葉である「好きだよ」であっても、元カレのところに行って嘘の「好きだよ」を聞くための「会いたくて」とか思っても構わないようです。
あの子を選んじゃった元カレに詰め寄りたいから「会いたくて」
昔のように自分のことを一番にする元カレに戻りたいから「会いたくて」
元カレのことを嫌うから「会いたくて」、元カレへの未練が残るから「会いたくて」そして、二つの違った「会いたくて」が重なりあって震えること…
どうやらこのように、西野カナさんの言ってた、同じ言葉でも、きっとニュアンスが違ったり、思いが違ったりするし、いろんな意味でとらえてもらえること…
女の子の気持ちはやはり、難しいものですね。
これで西野カナさんの歌詞への、何かの新しい認識を獲得して突然、替え歌をしたくなる。
「嫌よ嫌よも好きのうちかな、今日もカナやんの、かわいい歌詞を集めなきゃ、毎日も毎日も聞き返しちゃう、お出かけの前も、懲りずにイヤホンつけて。Ahなんで好きに聴いちゃったのかな。Ahだって、好きに聴いちゃったんだから、カナやんの歌詞うまくやってこうよ。Ahずっとずっと、歌ってほしい歌手は、星の数ほど居る中でねカナやん、あなたしかいない」
好き嫌いというと確かに、人々それぞれによって大きく違ってくる。結局、ネットで見つかったある帰結の通りに、
「賛否両論はあるが、自分のポリジーを貫いている点では、やはり素晴らしい歌手である」
その通りです。
「カナについて語るなら30分では無理です、別日にしてくれますか?」ってある熱狂的なカナやんファンが言っていますが、確かに30分では無理、私の場合では3分だけでも十分です。
見失うことはなく、自分らしさを最初から最後まで貫いて見せているところは、西野カナという人物の最大の魅力だと言っても妥当。そして、この以上の言葉はもう、必要としない。

これに決まっている(^▽^)
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師匠の紹介してくれる、「西野カナの話をする人はつまらない」と題している文章を読ませてもらいましたが、私は一応、つまらない人間だから今回のブログ(笑)
入り口としてまさに、あの5年前のフレーズ:「会いたくて 会いたくて 震える」であり続ける。
「今世代を代表する稚拙な歌詞世界としていたずらに笑われてきた」
と一言で西野カナの歌詞を決め付けるのですが、もっと単純な言い方をすれば、
重複の(を含意する)ものは稚拙で笑われるべき
と言ってもよいようです。この論理を踏まえて、次の三つの数式も単純に論じられるみたい。
x + y = z ……*1
2x = z ……*2
x2 = z ……*3
明らかに、上の論理に基づいてそれぞれの稚拙さを、高いから低いへと順序を追って並べてみると次のようになるはず。
*3 > *2 > *1
つまり、式*1は重複するところがないから稚拙なものから除外されるはず。式*2は二つのxを連続して表現するので中間。三番目の式は二つのxがぴったりと重なり合うので一番稚拙な式で笑われるべきものです。とはいえ、その解として一番稚拙なものは逆に、一番興味深いこと。さあ、それぞれの式の解を見てみてください。
x = z – y ……*1’
x = z/2 ……*2’
x = √z ……*3’
式*1には変数の重複のところが一つもないので、その解としてもごく単純なものになってただの引き算でも済む一方、三つの変数の性質について何も語っていません。式*2はxを連続して表現するから(2x = x + x )その解は、やや複雑な割り算が必要になるけど、追加情報として二つのxだからzはかならず、偶数という性質も示唆しているのです。さらに、一番稚拙な式*3は二つのxがちょうど重なる(x2=x * x)のでその解は逆に、ほとんどの場合では電卓がないと計算できないくらい、微妙に難しいものです。そして、見た目は一つの変数にもかかわらず解としてはか・な・ら・ず、二通りある。実は、式*3のように変数が完全に重なった数式はしばしば、一番面白おかしい性質を示唆してくれるものです。たとえば、もし、2を式*3のzに代入すれば、解として古代ギリシア人をよく悩ました√2が得られました。そして、もっと問題的なのは、もし、今度 –1を式*3のzに代入すればどうなっているのでしょうか?解を得るためにはもっと抽象的で難解なコンセプトを導入せざるを得なかった。これは、複素数(complex number)なのです!
ご覧のように、稚拙だと思わせるものであっても、そこに止まらずに考えを進めれば興味深い発想はしばしば、生まれているのです。
ここで、また西野カナによる5年前の歌詞「会いたくて 会いたくて 震える」を見てみます。
本人によると(2011年2月25日の僕らの音楽Perfume x 西野カナのインタビューからの抜粋、会話の文字ははやっちさんによるものです)同じ言葉が続くことの理由として
「…同じ『君って』と『君って』って言葉でも、きっとニュアンスが違ったり、思いが違ったりするし、なんかいろんな意味でとらえてもらえるかなぁってのもあって..。」
正直にいうと稚拙な私はずっと、西野カナさんの意味をよく理解していなかったんですが…上の一番稚拙な数式x2=zの検討を通して今ではようやく、わかるような気がする(☆o☆)
その理解は実は、文字通りの理解だけでも十分です。同じなのはただ、言葉の現れ方だけ、違ったのは、いろんなニュアンスと思いにある、というわけです。歌詞を振り返ってみったら確かにそうです。人は普通、「会いたくて 会いたくて 震える」という部分にしか、注目していないようですが、その前後のフレーズをスルーしちゃう傾向がある。じゃあ、今回だけ、その前後のフレーズも考えます。たとえば、二番目のサビの「会いたくて 会いたくて 震える」のすぐ前のフレーズも検討する。
「Baby I know, 誰より君のすべてを知ってるのに、でもどうしてもあの子じゃなきゃダメなの?So tell me why! 会いたくて 会いたくて 震える…」
一つの「会いたくて」のニュアンスや思いとして、おそらく、元カレのところに行ってその元カレに「でもどうしてもあの子じゃなきゃダメなの So tell me why」と詰め寄るための、「会いたくて」なのではないだろうか?
もう一つの「会いたくて」について、その後のフレーズも考えます。
「…君思うほど遠く感じて もう一度二人戻れたら、届かない思い、my heart and feelings 会いたいって願っても会えない 強く思うほど辛くなって もう一度聞かせて嘘でも、あの日のように“好きだよ”って」
もう一つの「会いたくて」は、元カレへの未練のせいでたとえ嘘みたいな愛の言葉である「好きだよ」であっても、元カレのところに行って嘘の「好きだよ」を聞くための「会いたくて」とか思っても構わないようです。
あの子を選んじゃった元カレに詰め寄りたいから「会いたくて」
昔のように自分のことを一番にする元カレに戻りたいから「会いたくて」
元カレのことを嫌うから「会いたくて」、元カレへの未練が残るから「会いたくて」そして、二つの違った「会いたくて」が重なりあって震えること…
どうやらこのように、西野カナさんの言ってた、同じ言葉でも、きっとニュアンスが違ったり、思いが違ったりするし、いろんな意味でとらえてもらえること…
女の子の気持ちはやはり、難しいものですね。
これで西野カナさんの歌詞への、何かの新しい認識を獲得して突然、替え歌をしたくなる。
「嫌よ嫌よも好きのうちかな、今日もカナやんの、かわいい歌詞を集めなきゃ、毎日も毎日も聞き返しちゃう、お出かけの前も、懲りずにイヤホンつけて。Ahなんで好きに聴いちゃったのかな。Ahだって、好きに聴いちゃったんだから、カナやんの歌詞うまくやってこうよ。Ahずっとずっと、歌ってほしい歌手は、星の数ほど居る中でねカナやん、あなたしかいない」
好き嫌いというと確かに、人々それぞれによって大きく違ってくる。結局、ネットで見つかったある帰結の通りに、
「賛否両論はあるが、自分のポリジーを貫いている点では、やはり素晴らしい歌手である」
その通りです。
「カナについて語るなら30分では無理です、別日にしてくれますか?」ってある熱狂的なカナやんファンが言っていますが、確かに30分では無理、私の場合では3分だけでも十分です。
見失うことはなく、自分らしさを最初から最後まで貫いて見せているところは、西野カナという人物の最大の魅力だと言っても妥当。そして、この以上の言葉はもう、必要としない。