古典ギリシア語の曲用を深層記憶に焼き付けるためにあえて、頭にかなりの負担をかけるサンスクリット語の学習を始めるようにするんですが、もちろん今段階の学習はやはり、その曲用にしか、絞っていないものです。

実は、サンスクリットの曲用に挑戦する前にもう、かなりの時間がかかってきたんですが、その背景知識だけでも難しいサンスクリットだから少しのおさらいをするつもりです。

サンスクリット、狭義で言ったら古典サンスクリットを指しているが、特に古代インド文法学者のパーニニによって定められているサンスクリットを指しているのです。これをカナやんの言葉を言ったらさすが、サンスクリットの取扱説明書のようなものです(笑)その目的は本来、新しい言語を作るわけではない。古来の宗教文書は、ヴェーダ語という言語の文字じゃなくてその口頭で引き継がれてくる。時間が経てば経つほど、そのヴェーダ語への理解はどんどん劣化していてインドの人までもよくわからないという状態にたどり着いていた。ヴェーダ語への正しい認識を助長するためには説明書も必要になるのです。つまり、パーニニによる文法書は本来、ヴェーダ語の「トリセツ」というわけです。で、それ以来また数百年も過ごしたインドの言語環境はかなり複雑の構成となってお互いの言葉がわからなくなるくらい、インド人の言語が分化しつつあった結果、文化伝承や相互のコミュニケーションといったニーズが迫ってくるため、高度に規則化しているパーニニ文法は大きく役立っている。これでインドの学者と詩人はもちろん、仏教ないしジャイナ教までも、数百年の前にもう確立されたパーニニ風のサンスクリットを使って文学作品や宗教文書を書くようになっていた。このパーニニ風のサンスクリットこそ、古典サンスクリットとなっているのです。つまり、パーニニ文法は最初にヴェーダ語のトリセツから中世インドの共通語(リンガ・フランカ)まで変わりつつあっているのです。いいかえればピュアな歴史的な文法法則から一つの共通語が生まれるのは古典サンスクリット。

これは、同じ古典言語の古典ギリシア語とかなり異なった話です。古典ギリシア語の場合ではより単純で一言で言ってみたら政治的に優越したアッティカ地方の方言を最上位にして共通言語と位置づけているという単純明快の説明をしても差し支えないくらいの話。

サンスクリット語の曲用を覚えるに際して古典ギリシア語のものを活かせると思いきや、やっぱりダメでした。単純にそれぞれの格語尾を並んで見比べてみたら確かに類似性を持っているのに。

古典ギリシア語第3曲用(子音曲用)の語尾は次のようです。

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もし上に挙げられた語尾をそのままに語幹について済むのならたやすい作業だったはずなのに、音韻変化はいつかのところで起こっていてかなり変貌しちゃう。たとえば、次の単語の変化を見てみます。

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ご覧のように所々で語幹の母音が脱落したら語幹と語尾の母音の長短が交換されたりアクセント種類が変化したりして規則性が乱れている。

この種の不規則性までも押さえるのならいくら難しくてもサンスクリットのものは比較的に身につけやすいという見込みを抱いているものの、また別で格段の難しさにぶつかってしまった。

まずは、サンスクリットの基本格語尾を見てみます。

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このような表を見るともう勘弁してくれ!と思っている読者もいらっしゃるかもしれませんが、見た目として通算、性別のごとに24種類の変化まであるにもかかわらず、形として10数種類に限られているところがわかるでしょう?まあ、機能面から言えばやはり24種類あるのは確かですけど。でもでも、本当にやっかいなのは、これらの語尾の記憶なのではなく、語幹と語尾との結びつきだけではなく、語と語との結びつくに際して起こる音声変化、いわゆる連声法と呼ばれる法則的な変化こそ難しいのです。

連声法を言うと難しいルールが響いているけど簡単に言うと日本語の音便のようなものですが、違ったのは、サンスクリットの連声法は活用に際して働くのみならず、ピリオドが付いていない限り連声法がずっと働いているからサンスクリット文法という本の著者さんの仰った通りに、“Sandhi(連声法)の規定を知らなければ、最も簡単なSkt.(サンスクリット)の1行をも正しく解読することはできない”というくらい、重要なルールなのです。

とはいえ、いろんな本を参考にしてサンスクリットの連声法の会得にチャンレンジしても、結論としてただ一つ、ルールはあるもののルールはないということ。一言で言えばわけもない例外が多すぎるのです。

サンスクリットの曲用(名詞も形容詞も同じ取り扱い)の種類で分類したら二分することはできる。一つは子音曲用、つまり、子音に終わる語幹を指している。もう一つは母音曲用、言うまでもなく母音に終わる語幹を指している。ギリシア語にも母音曲用と子音曲用という分類があるものの、コンセプトとしてサンスクリットと違ってくる。ギリシア語はもっぱら、語尾のほうに重視して母・子音の曲用を区別しているといわけです。たとえば、ギリシア語のo曲用の語尾を見てすぐにわかると思います。

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ご覧のように母音のo(英文字のwのようなものはOmegaでoの長音を表記)は所々で顕著に現れているのでo曲用という呼称の由来とみなしても構わないだろう。それに、oという母音が語幹と語尾の間に介在しているのでその曲用も規則化して容易になっている。それに対してサンスクリットの場合では、語幹の最後にくる母音がすぐ後の語尾と化学的な反応が起きるせいでむしろ、子音語幹よりも複雑になる。

ということでまずは、サンスクリットの子音語幹の曲用を見てみます。子音語幹にはさらに、下位分類ができて語幹が始終に不変のものと、語幹に2~3段階の変化を持つものがあります。2~3段階変化を持つものはまだ学んでいないので一番「簡単」な無変化のものに絞ることにする。といってもやはりかなりの変化が現れているものです(汗)

たとえば、語根duhというものは子音語幹無変化のものに分類されているものの、その単数・主格の形としてdhukとなっている。理屈は連声法で説明されているが、まずは、単数・主格の語尾としてsですからそのまま語根のduhにつけると*duhs(星印がついたものは理論的な形で実際にないものを示しているわけ)になるはずだったが、サンスクリットでは-hsのように二つの子音連続して終わってはいけないからsを捨ててduhに戻る。さらに、子音字のhは語尾にくることも許されないので語源的にkに変わらなければならない。でも、元のhで表した音はそのまま消えるわけではなく、語頭にくる子音字のdに渡して気音化されたdhになる。これらの事情を踏まえてその単数・主格の形はdhukにまで、辿り着いた。

語幹無変化の子音字の曲用をするに際して格型を一つ一つ覚えるよりもむしろ、参考となるところにだけ注目してもいいという「便利」な話がなされているのですが、格語尾をよく見るといくつかに分類できるのです。

-sの脱落またはゼロ語尾による絶対語尾(単数・主格と呼格の場合)
母音で始まる語尾
-bhで始まる語尾
-suの複数・処格(L)
と分けられているのです。

また語幹のduhを例に挙げて説明する。単数・主格と呼格は上の説明を踏まえて同じくdhukとなる。母音で始まる格語尾はduhという本来の語根がそのまま使われている。-bhで始まる格語尾はdhug-となる。例えば、両数の具格(I)の形としてdhugbhyāmです。最後に-suの前に来るならdhukṣuとなる。よくそのsを見てみてください。それはただのsじゃなくてそのsの下に小さい点がついていて反舌sと呼ばれる音です。ちなみに歯擦音のsと反舌音のsとの交換ではやはり連声法が働いているのです。

そのほかに、中性複数主格のiの添加には少しややこしいので割愛しているが、場合によって(ここで語根の音素的な構成を指している)適当な鼻音(サンスクリットにはいくつかの鼻音があって体系的な構成がなされている)を選んで語根に挿入した上でそのiをつけるという流れが必要というわけです。

支離滅裂の文章だけどサンスクリットの学習のありさまでしたm(_ _)m