震災で行方不明だった、私の友人達11名の…全員の確認が取れました。
なので…支えて頂いた皆様へ、この場でご報告させて下さい。
11名中、7名が無事生きててくれました。
女友達も、男友達も…そして彼も。
寒い中、3日間殆んど何も食べずに水だけで過ごした自称野生児…
生き埋めになってたけど、希望を捨てずに叫び続けた子…
泣きながら無事だよって1番に連絡くれた子…
重体で意識不明になってたけれど、還ってきてくれた人…
仲間と崩れた壁と棚を昼夜支え続けて目の前の人達を守った人…
書くとキリが無いくらい、色んな時間を過ごしてるけど…
それぞれの時間を、戦って、戦い抜いて、ちゃんと生きててくれました。
こちらに戻ってきてる人も居ます。
背中に大きな怪我をして、肩甲骨を故障した人や…
圧迫で内臓に負担が掛かってしまってる子…
松葉杖を付いてる子…
それでも、生きて…「ただいま」って言ってくれました。
皆が、
「るい達は絶対諦めないだろうから、自分も諦めれんかった」
そう笑って言ってくれました。
今も避難所に居る子は、
「自分が一番信用出来て頼れるの、るい達だから、助けてって言ってもいい?るい達はいつも一番に動いてくれるから…いっぱい知って欲しい。」
思い出しながら、辛いの我慢して、被災地の状況を教えてくれる。
そう言ってくれるから、アタシ達もまだまだ頑張れる。
そして…手の届かない場所へ旅立った4名…。
一人目は、幼馴染の元彼女さんでした。
凄く美人で、優しい人。
家が崩れて、怪我をして…失血で亡くなったそうです。
死期を知った人は…強いのかもしれません。
まだ此方へは届いていませんが、幼馴染(元彼)や私達へ手紙を書いてくれてたそうです。
後悔等ではなく、感謝の手紙…。
二人目は、一度助かったけれど、余震の倒壊で亡くなった友人。
外傷は無く、凍死だったそうです。
とっても天然さんで、ずっと笑っててくれた子でした。
1度目の連絡は「無事だよ」、2度目の連絡で亡くなった事を知りました。
三人目は、津波に奪われてしまった友人。
後々DNA鑑定?等で正式な身元確認すると思うけれど…
ご家族の方から、「見つかった。」と泣きながら連絡が来ました。
本当に本人かは確定出来ないもどかしさもあるのですが…。
四人目は…私の元彼さん。
彼が亡くなったのは、津波直後だったらしいんですが、連絡が取れず30日にご両親から連絡頂きました。
妹を大事にする兄貴で、妹を引き上げ、助けた時に津波にのまれたそうです。
自分は助からないけれど、大切なモノは守り通す。
あの人らしいなって…。
丁度、三十路突入した直後だったかなぁ。
一時でも、貴方の彼女として過ごせた事、誇りに思います。
一時でも、貴方と一緒に歩けた道、ずっと宝物です。
4人へ…
沢山の思い出を有難う。
アタシ達は、頑張って生きていきます。
皆の分まで、精一杯、前に進む事を約束します。
助けられなくてごめん。
泣くしか出来なくてごめん。
ちょっと立ち止まるけど、ごめん。
ちゃんと皆の生きたかった時間の分、アタシ達が頑張って笑顔で生きるから。
向こう逝った時、胸張って逢えるよう、頑張るね。
皆は、アタシの誇りです。
皆との思い出は、アタシの宝物です。
大丈夫。
今は凄く辛くて、どうしようもないけど…
皆の顔、思い出せるのって笑顔ばっかりだから、頑張れるよ。
たまに泣いたり、喧嘩した時の顔もあるけど…
1番に皆の笑顔を思い出せるから、私まだ大丈夫。
泣いてごめん。
仕事とか、色々動いてる時、笑うしかなかったけど…今は泣いてばっかり。
彼氏や幼馴染を凄く困らせてる。
だって、まさかこんな身近な人が居なくなるなんて思ってなかったから。
ちょっと前に電話したり、メールしてたのに…。
前に進みます。
皆の「明日」を、アタシ頑張って生きます。
精一杯生きて、
今生きててくれた大切な人達を大切にして、
アタシの出来る事全部大切な人の為に頑張って、
胸張って皆に逢いに逝きます。
いっぱい、有難う。
こんなちっぽけで弱いアタシを、大事な友達だって言ってくれて有難う。
また、逢おうね。
アタシの大切な4つの魂へ。
そして、震災で亡くなった多くの尊い魂へ。
心から、ご冥福をお祈りします。
何も出来ないかもしれないけれど、
非力かもしれないけれど、
アタシは、皆を支えれるだけ、支えようと思います。
暗い記事を最後まで読んで下さって有難うございました。
辛い事を思い出させてしまってたら、本当にごめんなさい。
メッセやピグなどで支えて下さった皆様、本当に有難うございました。
暖かいお言葉、本当に支えになりました。
感謝でいっぱいです。
私らしくない状態で、少し立ち止まっちゃったけど…
次の記事からは、以前のアホブログに戻ります。
2011・4・2 RUI