明石昌夫さんが死去されたらしい。

 

 

なんか、スマホで「三人目のB'zと呼ばれた男、明石昌夫氏」までの記事が流れてきて、嫌な予感はしたのです。でも、ワンチャン、ただの取材記事の可能性を信じてタップしたら、「死去」と無慈悲な文字が。

 

 

B'zは松本さんと稲葉さん、……に、加え、そこにサポートのバンドメンバーやアレンジャーが流動的に関わってくるんですね。このシステム、B’zが長年続いている一つの原因だと思うんですよね。ここにベース、ドラム、キーボードとかが固定メンバーとして入ってくると、その全員が納得した形でしか音楽が作れなくなる。音楽性がどこまでも同じ、なんてことは絶対にありえないわけで。ほんの些細なズレが、バンドの解散に繋がったり……。

 

 

B'zはこれまで様々な人が関与してきたけれど、やはり一番の功労者といえば、編曲とライブジムによってはベーシストとして参加した、明石昌夫氏が挙がると思いますね。

 

 

編曲では94年の2枚組アルバム「THE 7th Blues」まで関与。ライブでは97年まで参加していたらしい。「らしい」ってのは、俺はがっつりファンになったのは98年以降なので……。俺がファンになった時は、もう明石さんはB'zとは離れてました。でも、当然音楽作品、映像作品で明石さんの存在はよく知っています。

 

 

明石さんの編曲、好きなんですよね……。なんていうか、「ロックなんだけど、聞きやすい」みたいな。そのバランスが絶妙なのです。このバランスというのは、B'zだけじゃないんですよね。 「あ、これは明石さんの貢献によるものなのか」と認識するのは、明石さんが他に関わったアーティストの楽曲を聞いてからなんですけどね。

 

ZARD、SIAM SHADE、ジャンヌダルク、……まあ、そういうことなんですよ。

 

どういうこと?

 

いや、もうね。そこで伝わって欲しいんですけどね(無茶言うな)。

 

 

ロックなのにポップ。「ポップなのにロック」ではないね。あくまで本線はハードロックがあるんだけど、聞きやすいんです。この「聞きやすさ」ってのが、本当に大事だと思うんですよ。「音楽」ですからね。そのために音のバランスだとか、どの音入れたりだとか、……「編曲」って、凄いよね。いや、ほんとに。”音楽は編曲で決まる”と俺はいつからか思うようになりました。

 

アレンジャーで好きだったのは、この明石昌夫さんと、GLAYに関わっていた佐久間さん。佐久間さんも亡くなられてしまったけど……。一時、好きな音を出しているバンドを見たら、全部佐久間さんが関わっていた、という奇跡的なこともありました。

 

 

明石さん、なんか、晩年は「過去の栄光で飯を食う」だの「B'zを首になった」だの、どこまで本心なのかはわからんけど、自虐的な話をよくしていた印象だけど……。

 

これについては、松本さんが「あの制作グループ(B'zは昔B.U.Mと名乗って制作チームを組んでいた)は完成を見た」って話してたんですよね。「やれることはやった」って感じでしょうか。作る作品はとことん売れたし、人気もとんでもないことになった。

 

……ので、その制作チームは解体する、と。そこからまた、「B’zは2人である」という原点に戻っての制作を始めた、と……。

 

明石さんはもっとB’zに関与していたかったのかなあ?となんか話しているのを聞くと思ったりしました。

 

でも、結果、B'zは今の形だからずっとやれている気がするんですよね……。途中途中で新しいサポートメンバーに交代して、そうするとまた違う音楽性がもたらされて、新しいものを作る力になったり。

 

たしかに、俺がファンになった時にサポメンだった、黒瀬や満園がバンドを離れる時は非常に残念でした。シェーン、バリーのいた頃は、バンドとして完成していたと思うし。あと増田さんね。シェーンは今度のUNITEでサポメンとして復活するらしいね。稲ソロではすでにやってたようだけど。紅白でも何に歓喜したかって、もちろん演奏することもそうだけど、ドラムがシェーンだったことに「シェーンだ!!!」とテンション上がってました(笑)。

 

 

 

まあ、何が言いたいかというと

 

 

 

明石さん、あなたの貢献は偉大なんだよ、と。B'zだけじゃなく、ね。

 

 

一番好きなのは明石さんが編曲にいた頃

 

 

なんてB'zファンはたくさんいると思うよ。俺もわりとそう。

 

 

 

再生数伸ばすためになんか過激っぽいタイトルを付けてたけど、実情を聞けば、明石さんがB'zを批判していることなんて1回もないんだよね。むしろ、「凄い」と絶賛しているのです。特に松本さんの能力をね。B'zは松本さんがいるから売れた、と確信を持って言っています。松本さんは作曲、ギターだけじゃなくて、バンドの指針を決める時に最終的な決断をしながらも、メンバーの意見を尊重して否定はしない。その責任を取れる器がある。B'zがビッグになるまで、流行りの音楽性などもあくまで”楽しんで”取り入れられる音楽性の懐の広さもある。

 

 

いつかまた、「UBU」(明石さんが離れてから、数年後に突然編曲で関わった曲)みたいに、突発でもいいからまた編曲で関わってくれないかな、とか思ってたんだけどね。叶わなくなってしまった……。

 

 

まだ実感はわかないのが正直なところだけど、俺をB'zの沼にはまらせてくれて、バンドの好きな音を作ってくれて、「ありがとうございました」、と。そんな気持ちです。

 

 

残念ですね。