猫ひろしさん(カンボジア人)が「五輪に出るために」国籍変更して
出場することに、批判的な動きがあるようです。


五輪とは国の威信を賭けた戦いであるわけですね。自分たちの国の代表
が、世界の舞台で勝ち残ると、普段は全く興味もない競技でも見入って
しまいますね。これは「国の代表だから」であって、その辺の国内大会
なら見向きもしないわけです。普段興味がないのに、「自分たちの代表が
頑張っているんだ」という、忘れかけたナショナリズムが  

? ああ、めんどくせえ方向に持っていきかけたので修正します

ぶっちゃけ、出るべきではないと思いますよ、俺も。そもそも前提が
間違っているじゃないですか。「国の代表が出る」というルールを、ねじ曲げ
ているようなものです。「じゃあ国籍取りゃいいんだろww」という考え方は、
俺は違うと思います。ちょっとね。「そりゃあ違うよね?」って感じですね。
ルールは破ってない。たしかに。が、……なんか違う……はず……。

頑張っているのは良いんですけど、「君、そもそも芸人だよね?」という
そもそもの疑問
はさて置きまして、「これで出場しても、彼の母国(カンボ
ジア)が、彼を本当に応援してくれるのか?」
という、核心部分の疑問が
あるわけです。五輪というのは、選手が国の威信を背負い、国民の期待を
背負うので、通常では出せないような力も出せるわけで(プレッシャーに
負ける人もいるけど)。そんな環境で、一人「批判」という枷も背負う。
そもそも記録からして「思い出作り」になっている気がしますが、それ
+「批判」。「スタンド+波紋!」って感じですね。
そんなのはジョセフ=ジョースターだけで十分です。
……あ、何言ってるのかわからなくなってしまう

良いことないと思うんですよ。いや、それでもやるって
なら、好きにすりゃ良いと思うんですけど、国レベルの批判ってのは、
人生に関わります。彼も今後の人生があるわけで。妻もいるようだし。
五輪出場で「誰が得をするのか」という点だけでも色々あると思うんですが、
心配なんです。「スポンサーに人生左右されているんじゃないか」とか。
仮にそうだった場合、立ち直れないですよ。本当に自分の意志で「ボロクソに
言われようがとにかく五輪に出る」というのなら、まだ批判の波に抗えるかも
知れませんけど、これが“外部”の力だと……。五輪という舞台が終了した
あとに、精神的に破滅に追い込まれてしまう可能性が高過ぎるわけです。

いや、俺は猫ひろしのカオス芸、けっこう好きなんですよ? 10人中2人
笑えば良い方だとは思いますけど(笑)。俺は好きでしたよ(過去系)。でも、
こういうことされると、なんかもう笑えませんよね。そして彼の今後の人生が
心配なのです。

っていうか、芸人なんだからさ(当初の疑問に立ち戻る)。
芸人は人を笑わせてりゃいいんです。「感動」とか要らねえんだよ。
最近の芸人にもちょっと通ずるものがありますがww
しずちゃんとか

片手間にやってるわけではないんでしょうけど、役割が違いますわ。
そういうのは、その競技に人生賭けている人が出るべきです。そういう
人たちの晴れの舞台なわけです。横から割って入るのは、やっぱり
違うね。違う。違わぬ。違い。違うとき。違ければ。
あ、活用しちゃいました(うろ覚えなので細かいことは知らん)。

ま、どうでもいいけど!!

(なぜ書いた……