最近の悩み。友人にはそれとなく言ったけど、深い話まではしてない。
ライターになるに当たり、その“取っ掛かり”をどこにするか。
前からちょっと思っていたのは、日本の音楽シーンを変えるために、
昔の音楽を取り扱う雑誌の編プロに、飛びこむか。
やりたいことであるんだけど、何しろ知識はない。普通の人からすれば
“異常”なくらい知ってるんだけど、その世界では“無知”に等しい。
僕は好きな音楽に関しては一曲漏らさず聴きたいというマニアックな
嗜好はあるのだが、正直、ぱっとしないバンドに関しての評論は、
苦痛でしかない。仮に(その確率も低いのだが)、採用されて、地位を
確率する間の作業は、けっこう厳しいものになるであろう、と。
そもそも、移り変わりの多い邦楽シーンで、昔の音楽を追求する雑誌など、
数えるほどしかない。
もう一つ、『こっちの方がいいのかも?』と思うのが、とくかく、担当ジャンルに
関わらず、何しろ“編プロ”という世界に飛び込むパターン。まあ、おそらく
こっちになるかとは思うのだが、にしてもやはりやるからには、何のジャンルを
扱うかは気になってしまう。
どちらに関してもいえるのは、『そもそもそんなすぐ採用されないから』。
自信はあるのだが、それは世の中。自信があれば採用されるわけでは
ない。俺は今回の文は真面目に書いているが(“俺”とかいってるけど)、
基本的には舐め腐ったもの、さらに特に意味のない文章が好きだったり
する。こちらで“ライター・編集”として、場数を踏むことが、まず第一歩に
なっていきそうな気がする。
友人曰く、『道を突き詰めた人の方が、説得力がある』。ふむ、たしかに
そうである。ただ、自分の意思がまだグラグラしている。絶対的に社会経験が
少ない俺は、もっと視野を広げた方がいいのではないか? とも思う。
そう、これはなかなか就職活動を本気でやらないいいわけです。
ただ、周りに思われてるほどは、自問自答する回数は増えている。
無駄な時間なんてない。今こうして、自分自身と向き合う時間は、
無駄にはならない。そう思って、また同じ問答をはじめてしまう。
“ジャンルこだわらず、とにかく経験を!!”という、先生の言葉を
信じてみるか。ち、踏ん切りつかない情けない自分に腹が立つぜ。
ライターになるに当たり、その“取っ掛かり”をどこにするか。
前からちょっと思っていたのは、日本の音楽シーンを変えるために、
昔の音楽を取り扱う雑誌の編プロに、飛びこむか。
やりたいことであるんだけど、何しろ知識はない。普通の人からすれば
“異常”なくらい知ってるんだけど、その世界では“無知”に等しい。
僕は好きな音楽に関しては一曲漏らさず聴きたいというマニアックな
嗜好はあるのだが、正直、ぱっとしないバンドに関しての評論は、
苦痛でしかない。仮に(その確率も低いのだが)、採用されて、地位を
確率する間の作業は、けっこう厳しいものになるであろう、と。
そもそも、移り変わりの多い邦楽シーンで、昔の音楽を追求する雑誌など、
数えるほどしかない。
もう一つ、『こっちの方がいいのかも?』と思うのが、とくかく、担当ジャンルに
関わらず、何しろ“編プロ”という世界に飛び込むパターン。まあ、おそらく
こっちになるかとは思うのだが、にしてもやはりやるからには、何のジャンルを
扱うかは気になってしまう。
どちらに関してもいえるのは、『そもそもそんなすぐ採用されないから』。
自信はあるのだが、それは世の中。自信があれば採用されるわけでは
ない。俺は今回の文は真面目に書いているが(“俺”とかいってるけど)、
基本的には舐め腐ったもの、さらに特に意味のない文章が好きだったり
する。こちらで“ライター・編集”として、場数を踏むことが、まず第一歩に
なっていきそうな気がする。
友人曰く、『道を突き詰めた人の方が、説得力がある』。ふむ、たしかに
そうである。ただ、自分の意思がまだグラグラしている。絶対的に社会経験が
少ない俺は、もっと視野を広げた方がいいのではないか? とも思う。
そう、これはなかなか就職活動を本気でやらないいいわけです。
ただ、周りに思われてるほどは、自問自答する回数は増えている。
無駄な時間なんてない。今こうして、自分自身と向き合う時間は、
無駄にはならない。そう思って、また同じ問答をはじめてしまう。
“ジャンルこだわらず、とにかく経験を!!”という、先生の言葉を
信じてみるか。ち、踏ん切りつかない情けない自分に腹が立つぜ。