僕は最近、井上雄彦先生の記事が載っていると、つい購入してしまう
んですね。ちょいマイブームです。センチでいえば、5…自分で書いてて
意味がわからなかったので却下します。

説明するまでもなく、バスケットボール漫画の金字塔『スラムダンク』の
作者です。この人に興味を持ったのには、理由があるんですよ。

『天才』とは一線を超えた人間を指す言葉だと思ってます。ちなみに
僕が『天才』だと思う人間を適当に羅列すれば、
・鳥山明(不朽の名作『ドラゴンボール』の作者)
・冨樫義博(『幽遊白書』など。ていうか仕事しろ)
・イチロー(メジャーでも大活躍)
……あ、あのね。書こうと思ったんですが、あまりに膨大過ぎるので、
止めます!p(^-^)q ジャンル際限無くしたら、もはやカオスですね。

で、ですね。なぜあえて『井上雄彦』なのかを説明しましょう。
普通は『天才』と呼ばれる人間って、“それは天性のものである”と感じ
させられる言動があるんですよ。例を挙げれば、鳥山明の画力は
新人の頃からずば抜けていたし、イチローは独自の理論によって、
肉体の若さを保っているし、冨樫は仕事しねーし(おい!!)。
冨樫はネタですが(笑)、まあ彼も昔から“ここぞ!”で魅せる画力は、
やはり見る物を圧倒するものがありますね。

そう、彼らはプロとしてデビューする際には、すでにその資質の片鱗を
見せてくれるシーンがあるんです。これは“必ず”と言ってもいいで
しょう。『天才●●』の特集で、昔の知人が「彼は昔からちょっと変わった
子だった」なんて、よう聞く話だと思います。

ここまで前フリすればわかってしまいそうですが、『井上雄彦』には
それがないんです。誤解を恐れずに言いますが、彼がデビューした
ときの画力というものは、はっきり言って並み程度でしょう。よくわからない
人は『スラムダンク1巻』を見てくださいまし。『バガボンド』しか読んだ
ことが無い人は、正直唖然とするでしょう。もはや別人の絵ですから。
“ジャンプで連載を勝ち取る”そこで既に天才と言えてしまえなくも
ないのですが、ただ、こと“画力”に関していえば、申し訳ないのですが
僕は彼からはあまり異彩は感じませんでしたね。

しかし、彼は物凄い速度で『覚醒』していきます。僕は完全版しか
持ってないのでストーリーで説明してしまいますが(笑)、
「一段上がった?」と思わされる場面が、三井の乱闘騒ぎ後、
湘北のベストメンバーが揃ったあたり。明らかにステージを上がった
ような、画からの魅力を感じるようになります。そして、翔陽戦の
さ中、急ピッチで彼の才能は覚醒を初めていきます。そして、花道が
スラムダンクをぶちかますシーン……ファウルだけど(笑)。
そのシーンで、もう世間一般に知られている、『スラムダンク』の画
の力はまず初期段階の完成を見ます。

しかし、彼はその覚醒を持ってしても、全てが開花したわけでは
ありませんでした。ついでの王者・海南戦。ここではゲームの
凄まじい流れを表現してしまいます。今でも、僕はこのゲームが
好きで、たまに見返してしまうほど。完成した画力を、より良い
構図で見せる、そのランクが格段に上がりました。

その後はおそらく『天才・井上雄彦』と呼ばれるようになったこと
でしょう。誰が見ても見やすい、かつ画に吸い寄せられる迫力。
スポーツ漫画というのは、下手をすると大コケする可能性も
高いジャンルなのですが、彼は革新的な構図、円熟した画力を
武器に、『スラムダンク』で日本を席巻し、バスケブームを引き
起しました。たしかにこの漫画を読むと、バスケしたくなります(笑)。

しかし、『漫画家・井上雄彦』はさらなる高みへと、歩みを止めません。
湘北にとってのラストゲーム(描写されてる中での)、山王戦。
序盤は彼らに圧倒される湘北ですが、流川の覚醒、ゴリの意識変化、
リョータの負けん気、そして男・三井寿の魂のシュート。湘北メンバー
は、それぞれのポテンシャルの限界を超える戦いを見せ始め、
山王を追い詰めていきます。この辺りの描写で、文字が減り始めて
いるんですよ。“画を見ればわかる”という境地を、もしかしたら
井上さんは模索し始めていたのかも知れません。そして、今や
語り草の『台詞の全くない1話』が訪れます。少年誌でこの試み、
凄まじい挑戦です。そしてこの1話は、“伝説”になりました。

つまり、彼井上雄彦は、連載中に凄まじい速度で進化を遂げた
のです。デビュー時は『その辺のプロ漫画家』、『スラムダンク』
後期は誰もが認める『天才漫画家』へと、天才への扉を開いて
しまったのです。

そして、未だ彼の成長が続いていることは、『バガボンド』を見れば
明らかでしょう。この漫画は実に台詞が少なく、圧倒的な画力に
よって成り立っています。「もはやこの人は“漫画家”でなく
”美術家”ではないか?」すら思ってしまうほどの、手のつけられない
ようなクオリティの画を描いています。これを『天才』と呼ばずして、
何と呼べばいいのでしょうか。もはや『鬼才』という単語すら、彼には
当てはまる気さえします。


凡才から、天才へ。彼はいかにして、その進化を遂げたんだろうか。
そう思わずにはいられないのです。よって、「もしかしたら彼の発言の
中にヒントがあるのかも?」という思いで雑誌を買ってしまうんです。

“覚醒後”の井上雄彦先生の言葉を一部抜粋すると、「セリフなんか
なくても、楽しめる漫画が究極かもね」と、およそ常人には理解し難い
発言をしています。翻訳すれば、彼にとってはもはや漫画は漫画で
なく、『芸術品』として認識しているようです。

先天的な天才でなく、後天的な天才。彼だけはそういう認識です。
後天的に天才になる……そんなことが可能なのでしょうか?
この人のメッセージには、僕を含む世の凡人は、もっと耳を傾ける
べきじゃないのかな、と。そして彼が良く言うのは、『満足出来る
作品なんて、いつまで経っても描けない』。…このレベルで、です。
誰もが達人と認めるレベルで、この発言。人生、死ぬまで勉強だと
いうことでしょうか。決して慢心することなく、さらに前人未到の地
を先に進んでいく井上雄彦。

彼は一体、どこまで進化し、その先に何を見るのでしょうか……。

彼のようになれるとは思いませんが、凡人でも、彼のメッセージ
には人生を上手く生きるヒントがあると思ってます。

井上雄彦……恐ろしい漫画家やで!!!