戦争があった 僕の曽祖母の事 | hellboyのブログ

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僕は子供の頃、日本に帰国したときに
家族で広島の原爆資料館へ行った。

展示されている資料は、僕にとって信じられないもので恐ろしすぎて直視できなかった。

僕は曽祖母になんでアメリカはあんなひどい事をしたの?僕は絶対に許せないというような事を伝えたら

曽祖母は「でもね、あの時日本は完全に我を見失っていて、原爆が落とされなかったら勝つ見込みのない戦争をいつまでも続けて、日本はベトナムのような悲惨な事になっていたと思う」というような事を僕に言った。

僕はそのとき理解できなくて、でもひどすぎる、みたいなことをずっと訴えていた記憶がある。

僕はそれから毎晩、寝る前に「世の中から戦争がなくなりますように」って神様に祈るようになった。

僕は子供だったし、神様ってたぶんすごく遠くにいるから、あともう一回祈れば、あともう一回祈ればひょっとしたらこのメッセージが届くかもしれない、とか思って
とにかく何度も何度も祈った。


僕の曽祖父は軍人で、曽祖母は第二次世界大戦中、当時日本の統治下だった満州の大使館地区に住んでいた。

曽祖母は津田塾大学出身で英語が得意だった為、枢軸国側の軍人の通訳ではないがアテンド的な事をよくやっていたらしい。

第二次世界大戦中の日本がとても貧しかった事はよく知っているが、満州の大使館地区はとても景気がよく、曽祖母は地域復興の為、毎日ピアノを買っていたらしい。

祖母によると、毎日午前中、ピアノの回収の業者が訪れ、昼過ぎに新しいピアノが届く。そしてそのピアノは次の日の午前中に回収される。それが日常だったらしい。

どんな生活なのか全く想像つかない(笑)

敗戦後、財産はすべて没収されたらしい。、
曽祖母はおしゃれな人で宝石を沢山持っていた。

でもその没収する政府の役人の方がご慈悲をかけてくださり、そのアクセサリーの中で一番大切なものをひとつだけ日本に持って帰ってもいいですよ、とおっしゃったらしい。

曽祖母は宝石も何もついてないただの細い金の指輪 結婚指輪を選んだ。

そして何度も何度もその役人の方にありがとうございます。と頭をさげて感謝したらしい。

もちろん僕はその現場を見てないけど、すごく目に浮かぶ。

子供のころ、親戚で集まったりすると、曽祖母に対して大叔父たちはもっと大きな宝石のついたアクセサリーはいっぱいあったのにお母さんは本当に馬鹿だと冗談めかして言うことがたまにあった。

でも、祖母や大叔母はそこで結婚指輪を選ぶお母さんが好きだとよく反論していた。

男と女の違いなのだろうか。

全財産を失い、帰国した曽祖母や
曽祖母の親戚たちは、父親が軍人だったため、就職してもすぐにGHQによる公職追放の対象となり働くことができず、長い間とても貧しい暮らしをおくったらしい。

曽祖母は豊かだった満州と、日本とのギャップ、そして戦争により夫を亡くし、母子家庭となってしまった方々の多さに非常にショックを受けたらしい。そして遠い親戚を頼って九州へと引っ越した。

貧困から人々を救うのは教育しかないと考えた曽祖母は、無償で英語塾をはじめ、子供たちに英語を教えるという事をはじめた。

ある日を境に生活がガラリと変わるってどんな心境だったのだろう。


これは母から聞いたエピソードだが
曽祖母は九州へ引っ越した際、ある農家の方に夕食をごちそうになったらしい。

ご飯は白米ではなく、麦飯だったらしい。
曽祖母は麦飯を見たことがなかった為、自分たちをもてなす為に、その農家の方が装飾の為に白米の一粒、一粒に線を描いて下さったと勘違いし、涙を流してその農家の方に芸術的センスとそのもてなしへの感謝の言葉を伝え、その招いて下さった方々を困惑させたらしい。

祖母は祖母で田んぼを芝生の庭園だと勘違いし
その農家の方にお庭がとても美しいみたいな事を伝え、さらにその方々を困惑させたらしい。

こういう話をきくと、僕のこの予想に関する具体的な話は聞いたことがないし、あくまで僕の予想だけど、曽祖母達はその地域の方々から反感を抱かれたのではないかな、って思ってしまう。


曽祖母は僕は16歳の時に他界した。

僕は、子供の頃、誕生日に曽祖母からプレゼントと一緒に手紙をもらった。今でも大事にしている。

そこには僕が生まれた日の事が書いてあった。

今手元にあるのでちょっと省略するけど、すごくかわいい曽祖母らしさがあるので原文を書きます。


ゆうちゃん、誕生日おめでとう。
今日はあなたが生まれた日の話をしましょう。
ひいおばあちゃまは電話であなたが生まれたと聞いて病院に駆けつけました。
ゆうちゃんはガラスケースに入っていました。
まあ、なんてかわいい男の子だろうと思いました。
でも、ごめんなさい、隣にまるで王子さまのようなかわいらしい男の子の赤ちゃんがいて
かわいいゆうちゃんを見つめていても
気づくと、どうしてもその王子様のようにかわいい男の子に目がいってしまうの。

そしてひいおばあちゃまは、本当にゆうちゃんには申し訳ないのだけれど
ゆうちゃんもかわいいけど、もし、この隣の王子様のようにかわいい男の子が私のひ孫だったら、それはどんなに素敵なんて事だろう、なんて事を思ってしまいました。

そしたら看護婦さんが来て、あら、間違えてるといってゆうちゃんとその王子様のようにかわいい男の子の名札をひょいってかえたの。

そう、その王子様はゆうちゃんだったのよ。

この後は省略します。

曽祖母は今の日本の現状をどう思うだろう。