卵子を凍結する様子を再現するリプロセルフバンクの香川則子所長=東京都新宿区で2013年8月12日午後2時48分、内藤絵美撮影 
女性たちの卵子が保存されているリプロセルフバンクのタンク=東京都新宿区で2013年8月12日午後2時50分、内藤絵美撮影
女性たちの卵子が保存されているリプロセルフバンクのタンク=東京都新宿区で2013年8月12日午後2時50分、内藤絵美撮影

 「卵子が老化する」という事実を、テレビや雑誌などメディアがここ1、2年で大々的に取り上げるようになり、女性たちが「子どもが産めないかも」という恐怖におびえている。未婚で相手がいなくても卵子を凍結しようという女性たちが現れた。「卵活」の最新事情とは?

 海外出張をこなし、仕事で忙しい日々を送っている東京都内在住のライターの女性(36)は40歳という年齢を身近に感じた頃、ふと「子どもはどうしよう」という思いに駆られた。少し年上で独身の女友達は「子どもが欲しいならどうにかしなさい」と追い立ててくる。「次の誕生日までに卵子を凍結しよう」--。気持ちを固めた。

 現在女性にはパートナーがいる。でも、子どもが生まれたら「確実に自分の仕事を削ることになる」し、子どもが本当に欲しいのかどうかもわからない。「今は6対4で子どもは欲しくない。けれど一生いらないかと言われると、そこまでは思い切れない。少ない選択肢でも残しておきたいのが本音です」と語る。

 超有名大学を卒業してずっと働いてきた。「経済的に自立していたい」との思いは強い。「自分の場合、子育てと両立できるほど仕事の実績を上げる時には、もう出産には遅いと分かっている」と嘆く。卵子を数多く凍結しなければ可能性が低くなることや維持費がかかることは理解しているつもりだ。「本当は子どもを産むかどうかを1、2年で決めるのが一番正しいと思うんですけど……先送りですね」とため息をつく。「もっと早く卵子凍結をしておけば良かった。何でもっと早く教えてくれなかったのという気持ちです」

 <卵子老化は体外受精で救えません!>

 <「卵子保存」は「不妊予防医療」です>

 東京・新宿の「リプロセルフバンク」では毎月1回、夜7時から「卵子保存セミナー」を開催している。セミナーでは妊娠の仕組みや高齢出産のリスク、不妊治療について解説している。香川則子所長(36)によると参加女性は独身がほとんど。「卵子の老化」のニュースを見て、母親に勧められた30代女性も多い。これまで10人程度で開催してきたが希望者が増え、8月からは大幅に定員を増やして対応する予定だ。

 そもそも不妊治療では基本的に受精卵が凍結される。卵子凍結は、未婚のがん女性が抗がん剤や放射線治療の影響などを避けるために開発されてきた技術だ。海外ではすでに、10年ほど前から第三者への卵子提供にも活用されている。しかし、健康な女性が将来の出産に備えて卵子を凍結する「卵活」はごく最近の現象だ。

 同バンクは昨年11月、健康な未婚女性でも卵子凍結が可能な施設としてオープンした。今年5月から採卵を開始し、これまで平均年齢37・7歳の独身女性15人がそれぞれ1~12個を凍結。現在採卵は2カ月待ち、12月まで予約が入っている。薬で卵子を増やした上で提携病院に入院して採卵するため、1回の費用は平均100万円。そのうち保管料は卵子1個当たり年1万円だ。安くはないが、香川所長は「高齢になって不妊治療をすると2倍以上のお金がかかる。この程度の費用負担ができないと、都心での出産育児は難しいのでは」と話す。

 香川所長によると、精子や母体の状態など他の要因を考えなければ、統計的に34歳までの凍結卵子10個を使って出産できない確率は35%。逆に考えると65%は出産にたどりつける。年齢制限は設けていないが「やはり39歳までには凍結してほしい。見た目が若くても確実に卵子は老化しています。そして、43歳までには卵子をどうするかの結論を出してほしい。『どんなに高齢でも卵子が若ければ大丈夫』と言うつもりはありません」と香川所長は言い切る。

 セミナー参加者からは「卵子保存をしたい自分たちの気持ちを理解してほしい」「多くの病院で実施してほしい」などの声が出ている。それでも香川所長は「子育てに1人1000万円ぐらいかかるよとか、思ったようには育たないし産むのもすごく大変と必ず説明しています。『意外に凍結を勧めないので驚いた』と言われるぐらい」と笑う。「自分には子どもは無理と諦めがついた」とさっぱりした表情で帰っていく人もいる。

 香川所長には「社会が女性だけに産むことを押しつけている」という思いがある。同バンクを訪れる人は医師や看護師、弁護士、会社経営者などが多い。高学歴、高収入でも「子どもが産めないかもと、男性の母親から結婚を反対された30代後半の方がけっこういます」と明かす。

 社会に貢献してきた女性が、ある年齢を境に手のひらを返され「いい年してまだ産まないのか」「少子化になっている」と言われる。仕事に追われて時期を逃したり、晩婚で不妊になったりすることは社会的な不妊とされる。「国は『女性が働きながら産み育てられるシステムを作る』と言っていますが、すぐにできるわけではない。自己防衛策として、凍結はひとつの有効な手段になるのではないでしょうか」と香川所長は淡々と話す。

 未婚で2児の母でもあるモデルの道端カレンさん(34)は「卵活」に理解を示す。独身で40歳前後の女友達が「タイムリミットがきているから卵子を凍結したい」とあるクリニックに問い合わせたところ「既婚でないと難しい」と断られたという。「子どもはすごくかわいい。もしかすると40歳になってからやっとパートナーに出会えるかもしれないし、そのために卵子を取っておきたいと思う気持ちは女性として理解できますよね。医学の進歩の力を借りて独身女性にも卵子凍結という選択ができ、妊娠の可能性が広がる環境を作ることはすごく大事なことなのでは」

 一方、とまどう人もいる。都内の独身女性(41)は40歳直前になって周囲から急に「子どもはどうするのか」と言われ、「未婚でも卵子凍結をできる病院があるみたいよ」と勧められた。「40歳を過ぎてから凍結する価値があるのかわからない。それにやっぱり結婚してから夫婦で子どものことを考えるのが普通だという思いがあるんです。たとえこの先、子どもを産まなくても、もう放っておいてほしい」と苦い表情だ。

 「ここ数年で卵子を凍結できる技術はほぼ確立したといっていい」と話すのは、国立成育医療研究センター母性医療診療部不妊診療科の斉藤英和医長だ。その上で「その卵子が受精するかどうかはまた別問題」と指摘する。「理論的には大丈夫だが、凍結された卵子の10年後、20年後を誰も知らない。出産にたどり着くには精子とのマッチングがあるし、母体の老化の問題もある」。同センターの不妊診療科を訪れる人は初診で39歳近く。昨年体外受精をした人の平均年齢は41・7歳。妊娠希望の女性の年齢が上がっているのは紛れもない事実だ。

 卵子凍結について「今は若いうちに産む環境を整えられないのも確か」と一定の理解を示す。それでも「医学的にいうと妊娠出産は、すごいリスクがあること。年をとると子宮筋腫も増え、妊娠高血圧症など合併症も増える」と警鐘を鳴らす。「やはり理想は20代で妊娠すること。1歳若いと約1%妊娠率が高くなる。いろいろな研究をしていますが、妊娠率を1%上げるのはとても難しい。もし子どもが欲しいのであれば1歳でも若い時に考えてほしい」と力を込める。

 「卵子老化の真実」の著者で出産ライターの河合蘭さんは「卵子凍結は歴史が浅くて妊娠実績がまだ少なく、過大な期待は持つべきではないと思う」という。それよりも「最近は卵子の老化という言葉が独り歩きし、女性がおびえ、焦り、動揺している姿が気にかかります」と話す。以前はジャガー横田さんの高齢出産などで「45歳まで産めるよね」と思っていた人が多かったが、今は20代の人でも「もう、だめかも……」と言い始める姿を目にするからだ。

 「社会的な不妊に特効薬はなく、こんなに晩産化が進んだ時代では覚悟を決めることも必要。厳しいけれど『産めないかもしれない人生』を一度は受け入れ、そこから逆に女性として限りある産める時間をどう過ごすのか、考えるべきではないでしょうか。産まない人は、そのエネルギーを仕事に使うのも立派なこと。女性にはつらい時代だけれど、おびえないで向き合っていくしかない」

 どうやって子どもを産み、育てていくのか。現代女性に突きつけられている問題は、あまりに深くて重い。