KAB熊本朝日放送 8月23日


もし、あなたや、あなたの大切な人が、命に関わる病、しかも治療法のない病にかかったらと考えたことはありますか?

日本には治療法のない「指定難病」と呼ばれる病が338種類あり、ひとつひとつの患者の数は1000人に1人程度と言われています。

治療薬の開発には一般的に100億円規模の費用がかかり、9年~17年もの歳月がかかります。

費用の回収が難しいことから、治療薬の開発は進まず、治療する理論はあっても、社会から見捨てられ続けている命があります。

そのような中、世界で初めての技術を使い、大切なただひとりの病を治すため、薬の開発に挑む学生がいます。




熊本大学工学部。
ここで進められているのは新たな治療薬の開発。

五木結愛さん
「『Staple核酸』を使えば(病気の原因となっている)タンパク質量を減らすことができる。」


研究者の卵である五木結愛(いつき・ゆあ)さんもメンバーの一人です。

勝田陽介(かつだ・ようすけ)准教授のもとで開発に取りくんでいるのは「核酸医薬」

新型コロナのワクチンでも使われたタンパク質の設計図「メッセンジャーRNA」に着目した技術です。

人の体内ではリボソームと呼ばれる物質がRNAを読み取りタンパク質が作られます。 

多くの病はこのタンパク質が作られなくなったり、過剰に作られすぎたりすることによって引き起こされます。

勝田准教授らは、「Staple核酸」と呼ばれる独自の技術を用いて、RNAを制御する手法を開発。

従来の核酸医薬よりも副作用が少ないと、薬の安全性の面からも期待が寄せられています。


勝田准教授
「タンパク質が足りないとか不足しているとか、足りないとか多すぎるとかそういった病気に関しては理論上全ての物にいけるかもしれない」

五木さんには研究者への道を歩み始めたきっかけがありました。


五木さんが研究者を志すきっかけになった「おばあちゃん」



五木結愛さんの祖母で指定難病を患う君子さん

五木さん
「ただいま。アイス買ってきた」

五木さんの祖母、君子(きみこ)さんです。

脳に異常なタンパク質がたまる指定難病「多系統萎縮症(たけいとういしゅくしょう)」を患っています。

徐々に体が動かなくなる進行性の病で、治療法はなく、一般的な寿命は発症からおよそ9年と言われています。

君子さんにめまいなどの症状が出始めたのは6年前でした。

病名が特定されたのは発症から2年が経過した五木さんが大学2年生の時でした。


五木さん
「(勝田先生と話して)核酸医薬は作るのがすごいスピーディにできるから今は治せない希少疾患、例えばこんな病気とかこんな病気を治せるようになるかもしれないっていう中に、祖母の病名があるのを聞いて」


しかし、病は徐々に祖母の体を蝕みます。 

4年前には自分の足で歩くことができました。去年の年末には食卓を囲んで一緒に食事をしていました。

母:暁湖さん
「なんで私が。悔しい。悔しい辛い。さっきも自分で死ねる内に死んでおけばよかったって言っていた。待っておかなんよ。結愛ちゃんが頑張ってるからね」

五木さんの研究はおばあちゃんの生きる希望になっています。

この病のつらいところは体が動かくなりながらも、意識ははっきりとしていうところです。


「はやく」

この日は、薬を待ち望む声も発することができませんでした。



1人の患者のために治療薬を アメリカで進む「N‐of‐1」の取り組み



五木さんの研究は、病の原因となっているタンパク質を減らすことには成功しています

しかし、人への安全性と効果を確認する臨床試験だけでも、一般的には3年から7年かかるといわれています。

病を治すことができる可能性があるにもかかわらず、今の段階では祖母に薬を届けることは叶いません。

アメリカでは、たった1人の患者のためだけの治療薬を迅速に開発する「N-of-1」という取り組みが進められています。

実際にアメリカのボストン小児病院では、治療法のない致死性の希少な病にかかった女の子に、原因の特定からおよそ10カ月で薬が開発され、投与されたという事例があります。


五木さん
「製薬会社の人にとっては何千人、何万分の1で発症する病気かもしれないですけど、
私たちにとっては『おばあちゃんっていう1分の1の存在』の病気なので、核酸だったら治せるかもしれないという思いで頑張ってやっていて、希望が私の中で見えてきた時に制度の問題がとか日本はまだとか言われたら、理解はできるんですけど納得はできなくて」

「せっかく技術はあるのになんで届けるすべがないんだろうというのはすごく思っています」



勝田准教授
「アメリカは『N‐of‐1』という概念が発達してきていて、それに対する臨床試験の方法が日本より早く確立していく」

「社会に見捨てられている病気がある。一般市民の方々だけではなくて、我々のような研究者もそうですし政治家の方々も、とにかく多くの人がこの現状を知ってほしい」

「制度は我々だけでは変えられないのは間違いない。皆さんが少しずつ関係している問題。
声を挙げていただきたい」



「祖母だけでなく全世界に待っている人がいる」博士課程へ進む五木さん


来年から五木さんは博士課程へと進む

祖母の病をきっかけに、五木さんは研究者への道を志しました。
来年にはさらに専門性の高い博士課程に進みます。

五木さん
「祖母だけじゃなくて全世界に待っている人がいると知ってしまったので、誰かが進めていかないといけない業界だから、そこに自分もいて何かできることをやりたいという思いが大きいです」



1000人に1人、0.1%の希少な疾患。

それはあなたや、あなたの大切な人が、その病にかかる確率でもあります。



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Staple核酸とは