昔々、おじに宛てて書いた手紙が三年程前に手元に戻って来た。
おばが私に返してくれたのだ。
あの頃は自分自身が存在していること意味が見いだせず、形がなくなれば消えてしまうぐらいの存在なら命を与えられなくてもよかったのに、と思っていた。
いろんか本を読み命を繋ぐ意味を探してた。トルストイの「人生論」を読みながら、発見もあったが納得は出来なかった。
息苦しくて抜け出したくて頼った先が出版関係の仕事をしていたおじだった。
でもこわいおじさんの代名詞みたいおじに姪のなかでも下から二番目の私はそれまで話しかける勇気もなかった。
だけど彼しかいない。私の本能がそう叫んで手紙を書かせたのだと思う。
しばらく経ってからきた返信にどれほど救われたかた。肩の荷がす~とおりた。
自分が生きている意味などわからない。でも人が人と触れ合い何かが生まれる。
その触れ合いの連鎖が命を繋ぐ連鎖になる。
与えられた命は尽きるまで生き抜く事に意味がある。
その中で感じる様々な幸せ不幸せ、笑顔に涙に命の連鎖がある。
そう思えるようになった。
そうさせてくれたおじとその事を思い出させてくれたおば、そして命のはかなさと尊さを教えてくれた逝ってしまった命に感謝を捧げたい。
おばが私に返してくれたのだ。
あの頃は自分自身が存在していること意味が見いだせず、形がなくなれば消えてしまうぐらいの存在なら命を与えられなくてもよかったのに、と思っていた。
いろんか本を読み命を繋ぐ意味を探してた。トルストイの「人生論」を読みながら、発見もあったが納得は出来なかった。
息苦しくて抜け出したくて頼った先が出版関係の仕事をしていたおじだった。
でもこわいおじさんの代名詞みたいおじに姪のなかでも下から二番目の私はそれまで話しかける勇気もなかった。
だけど彼しかいない。私の本能がそう叫んで手紙を書かせたのだと思う。
しばらく経ってからきた返信にどれほど救われたかた。肩の荷がす~とおりた。
自分が生きている意味などわからない。でも人が人と触れ合い何かが生まれる。
その触れ合いの連鎖が命を繋ぐ連鎖になる。
与えられた命は尽きるまで生き抜く事に意味がある。
その中で感じる様々な幸せ不幸せ、笑顔に涙に命の連鎖がある。
そう思えるようになった。
そうさせてくれたおじとその事を思い出させてくれたおば、そして命のはかなさと尊さを教えてくれた逝ってしまった命に感謝を捧げたい。