あれ、更新するの今年初?思ってること沢山あるのに、もったいないなあ。

 

ということでコンサル記事読んでたら気が向いたので、更新します。

 

緊急事態宣言があけて京都へ行ってきました。

この時期の旅行に対しては人それぞれ想う部分はあると思うので受け止めます。

 

私は御朱印帳をいただいているので、神社やお寺を訪れた際に御朱印をいただくのですが、

今回の旅行だけで20ヶ所くらいいただきました。伏見稲荷大社に頂上まで行ったからか、なぜだかそれから肩が重く感じます。(笑)

 

今回、伏見稲荷大社も楽しみにしていたのですが、旅行の中で印象に残っているのは建仁寺でした。

 

建仁寺というと風神雷神図屛風や、なんでしたっけ、水のさざ波が描かれた襖絵ですか(正式名称を忘れてしまいました)、を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。

 

私もこの2作品を楽しみに訪れまして、他にも法堂の龍など確かに感動したのですが、一番心に残っているのは「粘華微笑(ねんげみしょう)」のお言葉なんですね。

 

まず拈華堂というお堂がありまして、こちらは法堂の別称でして。

その由来が「拈華微笑」という禅語らしいです。

 

以下、臨済宗大本山 建仁寺より引用※読み仮名は追加

「ある日、お釈迦様が霊鷲山(りょうじゅせん)で説法をされた時、一本の華を拈って大勢の前に差し出しました。誰もその意味を理解できませんでしたが、ただ一人迦葉(かしょう:釈迦三尊の一人)だけがにっこりと微笑んだそうです。お釈迦様の真の教えは、この時迦葉尊者に以心伝心で伝わったのです。法というものは文字や言葉にたよることなく、人の心から心へと今日まで伝えられてきました。」

 

私は特段、どの宗教だとかに対してフラットな気持ちでいますが、それって凄くいいなあ、と感じました。

一緒に見ていた方は「何言ってんだかよく分かんないニコッ(´▽`)、のニコッ(´▽`)の部分なんじゃないのか?」なんて冗談でお話されていましたが(苦笑)

 

つまり、何を言いたいのか、何を感じたのか、その意識共有が心で行われている、という事だと感じたので、まるで自分が二人いるような、自分の気持ち全てを共有してくれる人がいるかのような錯覚になります。

お茶の世界も似ていて、先生のお話はメモを取らずに覚える、だとかあるらしい(母によると)のですが、つまりは人の心なんだと、人の心がちゃんと理解していれば間違うことなんてない、のだと思います。

 

私はお寺や神社の風景が好きです。もちろん撮影可能なところでは写真を取らせていただきますし(過去に写真に関して一度説法して頂きましたが、それとこれは別だと思っています。)、急ぎの要件に対してSNSの返信もします。ですが、あの何とも言えない、まるで自分が歴史上の人物になったかのように錯覚させてくれる、あの庭園が好きなのです。

 

そう思うと、海が好きなのも、歴史上の人物も眺めていて触れていたのか、と考えられるからですし、私は保守的な変わらないもの、が好きなのかもしれません。

 

そんな想いを抱いていて、いつか私と同じく歴史とかお寺とか言葉とか、そういったコトに興味のある同年代とお友達になるのが楽しみに生きております。そういうサークルとかもあるのだろうけど、できれば知り合っていく内に知るのが運命の予感がする(笑)(笑)

 

拈華微笑、ただ一人というところがいいですね。

 

おやすみなさい。