先日、私の長女についてInstagramで投稿したところ、多くの方々からコメントをいただきました。
改めて、お一人おひとりの温かいお言葉に心から感謝申し上げます。
「まだ若いのに」
「もっと良い出会いがあったはずなのに」
「同じ親として胸が苦しくなる」
「親より先に子どもが亡くなるのは辛すぎる」
そのような言葉の数々を読みながら、改めて娘のことを思い出していました。
娘は21歳でした。
失恋をきっかけに、自ら命を絶ちました。
そして、娘が愛していた2歳半の娘、私にとっての孫娘も一緒に亡くなりました。
あの日のことは今でも鮮明に覚えています。
娘の友人たちは異変を感じ、部屋に集まって止めようとしてくれました。しかし娘は「自殺なんかしないよ」と言い、その後、誰にも本当の気持ちを打ち明けることなく実行してしまいました。
当時、私は宮城県の坂総合病院で生死をさまよう病気と闘っていました。
何もできませんでした。
親として、祖父として、この無力感は一生消えることはないでしょう。
今回のコメントの中には、
「とても優しそうな子ですね」
「繊細で純粋な人だったのでしょう」
「色々と抱え込んでしまったのでは」
という声が数多くありました。
まさにその通りでした。
娘は他人に悩みを話さない性格でした。
周囲には明るく振る舞い、笑顔を見せていました。
だからこそ、家族も友人も前兆を感じることができなかったのです。
しかし、この出来事を通して私が痛感したことがあります。
それは、自殺を考える人が必ずしも「助けてほしい」と言葉にするわけではないということです。
むしろ、本当に苦しんでいる人ほど周囲に心配をかけまいとし、一人で抱え込みます。
今回寄せられたコメントの中には、
「自殺がなくなりますように」
「苦しいときは親を頼ってほしい」
「同じ悲劇が起きない社会になってほしい」
という声もありました。
また、
「私の子どもも失恋で自殺しました」
という、同じ悲しみを経験された方からのコメントもありました。
私は娘と孫を失って初めて知りました。
自殺は本人だけの問題ではありません。
家族、友人、恋人、地域社会、多くの人の人生を大きく変えてしまいます。
そして残された者は、その後も「なぜ気づけなかったのか」「何かできなかったのか」と自問し続けます。
ある自死遺族の方に、どうやってこの悲しみを乗り越えたのか尋ねたことがあります。
返ってきた答えは、
「乗り越えてはいない。一生背負って生きていく。」
というものでした。
私も今、その意味がよく分かります。
だからこそ私は、この経験を単なる個人の悲劇で終わらせたくありません。
孤立する人を減らすこと。
悩みを相談できる社会をつくること。
弱音を吐いても責められない地域をつくること。
そして、生きる希望を持てる社会をつくること。
これらは政治の課題でもあり、地域社会全体の課題でもあります。
私が市長選挙への立候補を決意した最大の理由も、この経験にあります。
行政の支援が本当に届いているのか。
孤立した人を見捨てていないか。
困っている人が助けを求められる仕組みになっているのか。
そうしたことを問い続けたいと思っています。
今回いただいた数多くのコメントは、単なる追悼の言葉ではありませんでした。
「なぜ若い命が失われたのか」
「どうすれば同じ悲劇を防げるのか」
「孤立した人を社会はどう支えるべきなのか」
そんな問いを、社会全体に投げかけるものでした。
娘と孫の命は戻りません。
しかし、その死を無意味なものにしないためにも、私はこれからも自殺問題や孤立の問題について発信を続けていきたいと思います。
皆様からいただいた温かいお言葉に、改めて感謝申し上げます。
一方で、少数ではありますが、厳しい意見も寄せられました。
その中には、
「相手の男性が誰なのか分かってしまうのではないか」
「娘さんの死を政治利用しているのではないか」
「娘の自殺をきっかけに市長選挙へ立候補するなんて理解できない」
というような声もありました。
もちろん、様々な意見があることは理解しています。
しかし、私は少し違う見方をしています。
まず、私は娘が亡くなった原因について、失恋が一つのきっかけであったことは公表していますが、相手の男性の氏名や個人情報を公表したことはありません。
また、公表するつもりもありません。
なぜなら、私が伝えたいのは特定の個人への非難ではなく、「若者が絶望に追い込まれる社会」の問題だからです。
一人の人間を悪者にして終わる話ではありません。
もしそれで問題が解決するのであれば、自殺はなくなっているはずです。
しかし現実には、自殺者は後を絶ちません。
孤独、孤立、経済的不安、人間関係、家庭環境、病気、失業。
様々な要因が複雑に絡み合い、人を追い詰めます。
私はそこに目を向けるべきだと思っています。
また、「加害者側の人権を守るべきだ」という意見もあります。
もちろん法治国家ですから、人権は尊重されなければなりません。
しかし近年、いじめ問題などを見ていると、被害者が命を落としているにもかかわらず、加害者側への配慮ばかりが語られ、被害者や遺族の苦しみが置き去りにされる場面も多くあります。
亡くなった人は、もう声を上げることができません。
だからこそ、遺された者が語らなければならないこともあるのです。
そして、「政治利用」という言葉について。
私は娘の死を利用したつもりはありません。
むしろ逆です。
娘と孫娘を失ったことで、この社会の現実を知ったのです。
相談できずに苦しむ若者がいること。
助けを求めても制度につながらない人がいること。
孤立したまま命を絶つ人がいること。
自死遺族が長年苦しみ続けること。
それまで頭では理解していたつもりでした。
しかし、当事者になって初めて分かったことが数多くありました。
政治とは、本来こうした現実を改善するためにあるものではないでしょうか。
交通事故で家族を失った人が交通安全活動を始める。
犯罪被害者遺族が法改正を訴える。
難病患者が医療制度の改善を求める。
それらを「政治利用」と呼ぶ人は少ないでしょう。
なぜなら、それは悲しみを社会の改善につなげようとする行動だからです。
私にとっても同じです。
娘の死は決して無駄にしたくありません。
同じような苦しみを味わう親を一人でも減らしたい。
孤立の中で助けを求められない若者を一人でも減らしたい。
その思いが、市長選挙への立候補につながりました。
賛否はあるでしょう。
批判もあるでしょう。
しかし私は、自分の人生で起きた最も大きな悲劇から目を背けることなく、その経験を社会のために生かしたいと思っています。
それが父親としての責任であり、祖父としての責任であり、そして政治を志す者としての責任だと考えています。
娘と孫娘の命は戻りません。
しかし、だからこそ私は、この悲しみを社会を変える力に変えていきたいと思っています。
「誰にも相談できずに命を絶つ人を減らしたい」
「孤立したまま苦しむ人を減らしたい」
「生きていてよかったと思える地域社会をつくりたい」
その思いを胸に、これからも発信と行動を続けていきます。




















