幸せも、正しさも、最初から世界に用意されているものではない。

努力したから必ず報われるわけでもないし、悪いことをしていないから必ず守られるわけでもない。理不尽なことは起こるし、どれだけ願っても公平ではないこともある。

それでも人間は、「こんな世界であってほしい」と願う。幸せであってほしい。公平であってほしい。努力した人の頑張りが無かったことにならないでほしい。誰かの理不尽な犠牲が繰り返されないでほしい。誰かが踏み出した一歩や、迷いながら選んだ決断も、ちゃんと受け止められる世界であってほしい。

きっと私たちは、そうでないと生きていくのが苦しいから、世界を「そうであろう」としていくんだと思う。

だから私は、世界が公平だから公平でいたいんじゃない。自分にとって大切だと思えるあり方を、少しでも選んでいきたい。

この人はすごく努力しているなと思ったら、「すごいね」と言いたい。結果が出たかどうかだけではなく、その人がそこまで積み重ねてきたものを、ちゃんと見つけて言葉にしてあげたい。

誰かが勇気を出して助けを求めたら、できる範囲で手を差し伸べたい。誰かが自分を責めすぎていたら、「そこまで頑張ってきたんだね」と伝えたい。うれしいことがあった人とは一緒に喜び、悲しんでいる人の痛みを、簡単に決めつけずにそばで受け止めたい。

世界が自動的に優しくなってくれるわけじゃないからこそ、自分の手の届くところでは、少しでもそういう世界にしたい。

世界にひとつの正しさがあるからそうありたいんじゃなくて、「こういう世界であってほしい」と願うその気持ちを、今日も自分の手で小さな行動に変えていきたい。世界が変わるのを待つのではなく、誰かにとっての一瞬の救いになれるように。そうして積み重ねた小さな優しさが、いつか世界のどこかで、静かに誰かの明日を照らすと信じていたい。