自民党が変質

最近、とりわけ安倍政権になってから自民党が変わってしまった、戦争する国になってしまうのか危険な感じがする、テレビや新聞などメディアの発言が制限されているようだ、貧富や官民格差など貧困と格差がますます酷くなっているようだ、そういう声が増えています。

 自由民主党は2000年頃までの自民党と、名前は同じでも今の自民党では大きく異なってきました。それは、党の思想や理念が別物になったからです戦後の民主国家として再出発した日本には、保守の自由主義と革新の社会主義がありました。社会主義はさらに共産主義と社会民主主義などに分かれ、日本共産党や日本社会党がありました。そして保守にも二つの大きな流れがあったのです。

 一つは皆様もよくご存じの吉田茂元首相に始まる「軽武装・経済優先」で、戦争を推進しなかった人々を中心にして「自由党」を結成した系譜です。そして、もう一つが鳩山由紀夫元首相の祖父である鳩山一郎や、安倍晋三首相の母方の祖父にあたる岸信介等戦犯だったため公職追放され憲法制定に加われなかったが、解除され政界に出た人々を中心にした対米自立・憲法改正など「国のかたち」にこだわる「日本民主党」の流れです。

自由党系は、GHQ(連合国軍最高司令部)と一緒に憲法を制定し長らく日本再建を主導したことから「保守本流」と呼ばれました。そのため日本民主党系は「保守傍流」と呼ばれてきましたが、そもそも、保守本流と保守傍流は考え方が全く違うのです。だから、安倍首相は押し付け憲法だと批判し、戦後レジームからの脱却だと戦後の日本を否定していると言われます。

 1955年10月、日本社会党の左派と右派が統一し同党の政権獲得の可能性も出てきたことから、保守陣営の危機感もあって自由党と日本民主党等が合併しました。これが世に言う55年体制ですが、財界が保守結集によって政局を収拾し、安定政権を樹立するよう強く働きかけたと言われます。以後自由民主党は国会で絶対多数を確保し、長期単独政権の時代に入っていきますが、保守合同は反面、政・官・財癒着の深化と派閥政治の隆盛をもたらし、また保革対決の政治構造を形成したと言われます。