「平和」とは

ところで「平和」とは何か。戦争のない状態を、普通は平和といいます。ただ、最近の学問研究のなかでは、単に戦争のない状態だけでなくて、「たとえ戦争がなくても人間社会に存在する貧困・不正・差別・抑圧などの状態が存在する限り、それは“平和ならざる状態”(平和の喪失)と捉えるべきとする考え」(平和学の第一人者、ノルウェーのヨハン・ガルトウング博士)が有力です。これを「積極的平和論」と言うそうです。

  戦争を「直接的暴力」と言い、飢餓や貧困、差別や抑圧を「構造的暴力」とよび、この直接的暴力と構造的暴力のない状態を「平和」というふうに定義しようとのことです。そして、「貧困・抑圧」は、アフリカやアジアの国々のことだけでなく、もっと身近な国内問題でもあります。

2005年、NHKスペシャルで「フリーター漂流」という番組が放映され、私も見ました。 法律違反という程ではないが、非常に安い賃金で若い人達が働かされ、携帯電話の組み立てをしているという内容でした。

日本の大企業は利益を上げるため、長期間正社員をリストラし社員を新たに雇うことを控えてきました。代わりに安い賃金で働かせる「請負」「派遣」「アルバイト」「パート」という「不安定」な雇用の人たちを増やしてきたのです。これは単なる経済現象ではなく、大企業や財界が意識的にとってきた戦略的方針だったとのこと。そして、正社員クラブである労働組合も加担してきたのです。

2015年の平均年収で見ると、正社員は370万円ですが、こうした非正規社員の場合は半分の186万円になっています。つまり安い賃金で働かされ、都合が悪くなると解雇されるという非常に不安定な状態に置かれているのがその人達なのです。

  ここでも「貧困」「差別」「抑圧」などの形に人々が置かれています。いま賃金労働をしている若者(15歳から34歳)の3割がこうした不安定雇用すなわち非正規雇用だと言われます。

  こういう状態を解消すること自体も、「積極的平和」を創っていくことだと考えています。