ファゴット奏者 加藤洋男さん追悼

 

 2022年1月1日、ファゴット奏者加藤洋男さんの奥様より、「1月1日午後10時30分主人が亡くなりました」との連絡が入った。死因は下咽頭癌による誤嚥性肺炎。加藤洋男さんは5年前に下咽頭癌を発症し千葉大学付属病院に入院、放射線治療と抗癌剤点滴の後、自宅で闘病生活を送られていた。しかし、昨年十二月に入って下咽頭癌による誤嚥性肺炎を発症、千葉市花見川区の最成病院に入院して治療を受けていたが、症状が急変し帰らぬ人となった。私の知りえる範囲で、加藤さんの音楽家としての足跡を紹介したい。

 

2018年7月7日「第31回平和を願うコンサート」より

 

 加藤洋男は、1948年3月20日山形県西置賜郡白鷹町荒砥に生まれた。1965年、伯父の佐藤一夫(当時、県立横浜平沼高校音楽科教諭)・叔母の佐藤道子(チェリスト)の勧めで、ファゴットを吹き始めた。以後音楽家としての道を歩むことになる。

 1966年、横浜翠嵐高校卒業後、秋田県、旧・わらび座合奏団に入団。故・青山政雄氏の指導を受けると共にファゴットを前田信吉氏に師事する。1969年、東京芸術大学音楽学部器楽科ファゴット専攻入学。故・三田平八郎氏に師事。旧新星日本交響楽団の学生団員として活動。1973年同校卒業、創世期の山形交響楽団に入団する。同年4月松本千佳子と結婚。1975年同楽団退団。京都フィルハーモニー室内合奏団に入団する。

 1980年同楽団退団、室内楽グループ・横浜ノネットを結成、その後永くリーダーとして活動。1988年、ドイツ・ケルンにてアルベルト・ラインハルト、クラウスボーデン両氏に師事。山形交響楽団、横浜管弦楽団、横浜交響楽団とモーツァルト、ヴィヴァルディ、ウエーバーのファゴット協奏曲を共演、いずれも好評を博す。横浜翠嵐高校弦楽部OBのメンバーとしたアルカンジェロ・コレッリ弦楽合奏団と17回にわたってヴィヴァルディの主要ファゴット協奏曲を協演した。

 2001年の秋、加藤夫妻は千葉市に移転。『千葉・平和を願う音楽家の会』に入会し、毎年7月初旬に開催する「平和を願うコンサート」に出演したほか、新たに千葉幼稚園のホールにて「八重桜コンサート」を企画・開催するなど会の発展に貢献した。

 2010年6月、山形県白鷹町の音楽専用ホール・あゆーむでリサイタル開催。2015年5月13日、日暮里サニーホール・同5月17日、あゆーむにて、ファゴットを吹いて50周年記念リサイタル「加藤洋男と横浜ノネットの仲間たち」を開催した。

 

 加藤さんは、オーケストラやアンサンブルへの出演に止まらず、ソリストとしての活動も多々あり、その音楽人生は豊かで充実したものでありました。それは一人で成しえたものではなく、夫人の千佳子さんの励まし支えあってのことでした。

   

 加藤洋男さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

 

2022年4月1日

平和を願う音楽家の会前代表・尺八家 井上喜義