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「ね、二階の部屋、ひとつ余ってるんだけど、たまに使います…?」



今思えば、おっかしくて仕方ない。



私は、ほんとに、“ルームシェア”みたいな、そんな意味合いだったのにさ。


私が日曜の夕食の支度をしながらカウンター越しに、彼に放ったひと言。



 洸太は口に運ぼうとしていた秋桜柄のそれを茶托にガチャンと戻して、ニヤッと、というのはすこし違うか。含み笑いをしてその動揺を冗談に替えようと瞬時に努力をした。



「いやいやいや…だ、大丈夫です。…え?」


「…? …いや、真面目な話。」



「そんなに大変じゃないんです…!ご心配おかけしてすみません。」


「そっか。いやね、もう受験まで切羽詰まってるから、うちも助かるなぁなんて。」



「…えぇ。」


一瞬、真面目な、仕事の顔になって返事はくれたけれど。



「想像以上に、先生御多忙のようですから…。寝不足は良くないですよ?それから、遅刻も…。

…じゃあまた少し考えて、お返事下さいね。」



契約の日。


「あの、交通費は、どのようにお支払いすればよいのでしょう…?」


私がそう訊ねると、その日のまだ偉そうな洸太先生は、ビジネストークの口振りでこう答えていた。


「ここの最寄りから、大学までの一駅分、毎月定期代で頂ければ大丈夫です。

自分は、実家・サークルのワンルーム・彼女の家の三つの拠点からお邪魔するような形になるかと思いますので。」



「…アラソーですか。なんか、リア充君って感じデスね。あ、いえ、

…すんません。




よくわからないけど、洸太先生の耳が赤くなっていた事に何となく気付いたのは、彼が帰ってからだった。



(…? は…?)



確かに、休みの日で、急に授業の相談とか言ってリビングに入って来ちゃったもんだから、胸元のザックリ開いたくたびれたロンTを着てはいたけどさ。


(それで、二階に泊まれなんて言っちゃったから、想像しちまったか…?

はーん、医学部とはいえ、大学生か。いやー、そっか。

大学生の時期なんて、一番…。まぁ、そうだったかもなぁ…。


…なんて。イヤイヤ、逆に気を付けなければ。

あんな歳下相手に、変な発言したら、そのうち捕まるわん。)




私が、いかに、コタを、そういう対象として見ていなかったか。


いかに、子供扱いしていたか。


それは、この気付きのタイムラグが物語っていた。


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