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山越は私に、二つ目の仕事をくれた、小さな小さな出版社の社長代理だった。
ひとつ歳上の山越とは確かに時々はそういう関係もある。
だけど、2回プロポーズをお断りした、もうかれこれ7年以上前から、ヤマとは、何というか、旧友のような、身内のような感覚で、「付き合って」すらいない。
若いのに人生の岐路の選択肢として、プラトニックな期間を作った洸太と三咲カップルとは正反対に、この歳になって、ほんとにほんとにお恥ずかしいのだが、私とヤマは、言ってみれば「体だけ」の関係であった。
貧乏なくせにチャラいところが当時は嫌だったけれど、車好きな彼がやっと独身貴族のため買えたBMWを、自慢せずスマートに乗りこなせるようになったあたりから、やっと落ち着きが見られてきて、でも私は、そういう無茶苦茶な山越といると人生気が楽になり、たぶん彼を好きな時期もあった。
私の働く私立大と山越の会社はとても近くて、金曜の夕方はよく電話が来たっけ。
「まだやってるん?」
「うん、ちょっとね。ウェビナーの準備が終わんなくて。大学図書館もちょこちょこと変革しておりマス。」
「やべーな、うちの会社。漫然としてっから潰れっぞ。」
「ヤマの会社は、そういうとこが良さなんじゃん」
「ん?あー。…で、どう?今日。」
「なにが?」
「しよ。」
「…ごめん、せーり。」
「先々週もそう言ってオラレタ」
「ね。つづくわぁ〜、病気カシラ」
「…だいぶご無沙汰なんすけど。
どーしたらシテくれる?」
「あ!裏の山の上ホテル、一年後くらいに休業するらしいよん…♡」
「は?連れてけって?…金無いって知ってるくせに。10万ダゾ、10万。」
「あと、30分で終わらせる。暇なら送ってって。」
「りょす。じゃあちょい胸だけ触らせて。お尻でもいーや。」
「ばか、切るね。下着いたらメール下さい」
「あい。」
山越はきっと、私のせいで、婚期を逃してしまったのではないか。
それは何となく気になっていた。
でも私は、彼に逃げ道を与え続けて来たし、いえ、多分、逃げ道しかなかった。
それなのに。
彼は、私が今でも夫を溺愛していることを知っていながら、なかなか離れてはいかないのだ。
夫が唯一遺してくれた、帳と私には充分過ぎるこの一軒家にも、まるで聖域だからと言わんばかりに、これまで8年近く、足を踏み入れたことはない。踏み入れたいとも。
ましてや土足では入り込まないヤマの優しさと、それから軽さに、私はとてもとてもつらい時期、救われていたんだ。
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