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「何でもかんでも手をつけて、多忙に酔いしれたり、今を楽しんでるかもしんないけど、結局、回ってないんだから。
よく周りを見渡してごらん、もしかしたら、誰かの優しさに甘えてないかな?
それってね、自己中だし、人に迷惑かけてるのと一緒なんだよ。
…あと、睡眠は大事。ほんとに、医者の卵に説教するとは思ってなかったわ。」
確かに指導力はズバ抜けていた。
大手塾の雇われ家庭教師ではなく、洸太は、若い経営者が優秀な人材を引き抜いた形での、大学生にして、半分個人商売のようなお仕事だった。
仕事絡みで、これまでは滅多に交流のなかった近くの国立大でのフォーラム。
そのオープニングで、チェロサークルの演奏を資料に目を落としながら意識半分で聴いていた私は、たぶんあの日そこで、初めてコタと、半分出会っていた。
後にそのYouTubeから、口コミで洸太先生の噂を知り、ご縁が、繋がった。
中受から身を引こうとまで思っていた、その矢先で。
但し、家庭教師としての洸太は、仕事を、社会を、舐め腐っているように見えて、詐欺に遭ったんじゃないかと思ってしまうほどだった。
洸太先生の指導料は、決して安くはなかった。
どのくらいかって…?
それまで帳が通っていた、一番ハードで高い集団塾より、ひと回り上で、毎月10万は、くだらなかったかな。
大学生とはいえ、アルバイトとはいえ、安かろう悪かろうではなく、なんていうか、高いんだからさ。
それなりにビジネスとして、ちゃんとやってくれないと、って。
初月の請求書の名前間違いには驚いた。
たった2分の1の確率なのに、しかも、もう一人の生徒さんは、性別も学年も違う。
遅刻は分ではなく、時間単位。
というより、定刻に来たのは、最初の体験授業と契約の日だけだった。
もっと言えば、スケジュールミスで、初日のレッスンからすっぽかされた。
「人と共有した時間に遅れるのなら、相手がどんなに子供でも、ひと言連絡すべきじゃないでしょうか。」
「授業の報告も何もないですよね?サポートサポートって、計画表もなければ報告書もありませんから、正直何をしたらよいかわかりません。」
私は、小出しに、小出しに、
怒りを言葉で伝えていき、
今思えば、始まってまだ一ヶ月。
冒頭の言葉を洸太に浴びせた。
オペに入っていて、連絡も出来なかったこと。
睡眠不足過ぎて、限界の日々だったこと。
事情も知らずに、叱ってしまったことを、今では少しだけ、後悔している。
でも… ね。
こちらも、息子の将来がかかっているんだ。
必死に働いて、働いて、帳に、出来る限りの環境だけは用意してあげたいって、いつでも本気だった。
洸太先生が素晴らしかったのは、「クレーマー」の意見からの、素直な切り返しだった。
異物を摘まみ出すように、開いた皮膚を縫合するように、居もしない家族を探し回ってカンファレンスするように。
真正面から、わたしのそれを受け取ってくれた。
あとで知ったのだが、洸太はこれまで生きて来て、叱られた経験が、ほぼ皆無だったらしい。
そか…。頭いいしね…。
まぁ、
叱ったあとに初めて提出された報告書なんて、なぜかExcelでさ。
こういうのは普通、PDFとかさ。
しかも、折角プリントアウトしてファイリングしようと思ったのに、せめてもの「印刷範囲」まで気遣いなし。
変な波線だけが入った白紙の2ページ目が、逆に高レベルな設定になっているかのように何故か消えずに印刷されてしまうから、私はまたイラッときて、デスクトップに雑に保存した。
まぁ…報告書は契約上無かったのに、こちらが希望したんだし、そこまで厳しく言うのはやめたワケ。
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