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洸太はいつも寝不足だった。



度重なる夏休みの遅刻が“2時間前後”の時の言い訳は大抵、「電車の中で眠ってしまいかなり遠くまで行ってしまいまして」というものだった。



私の家からは電車でたった一駅の国立大学医学部も。


洸太の実家や彼女の家、それからチェロ仲間で借りているらしい小さなワンルームからは、全て軽く一時間越えという、寝不足の彼にとっては睡魔との死闘或いは拷問のひとときのようだった。



洸太先生は、根はとても素直な人で、最初はお互い様だったんだけれど、一見クレーマーな私の説教や申し出を、全て真正面から受け止めてくれたっけ。



洸太の遅刻理由を疑わなかったのはそういう誠実なところだし、現に彼が多忙であることは痛々しい程明白であった。


リモートの画面共有で時折チラッと見えた、臨床実験やら膠原病やら何やらのレポートが、日本語のはずなのに私にとってはまるでイミフな楔形文字。


一週間毎に変わる実習先の病院に、落ちると「ほんとにヤバい」Heavyなテストの襲来…。

それなのに家庭教師として受験生の帳と神戸のオンライン指導の生徒を抱えている。



「トミさん、失礼していいですか?コピー機お借りしたくて」


「あぁ、ハイハイ、どーぞー!めちゃくちゃ散らかってるけど」



先生にも慣れた夏休み。


少し弛(たる)んできた帳に発破をかけるために、先生が初めて帳に過去問を解かせている最中、洸太が眼鏡姿のモサい私の仕事部屋に入ってきた。



大学の夏休み期間メインでコラムを書いているのは、大学職員にその時期課せられる論文を免除出来たから。

毎年書いている冊子もののコラムは、“調べ物”の方が大変で、その時期私の部屋は特に「本の山」となり、兎に角とっ散らかっていた。



リースのコピー機までたった5歩なのに、爪先を器用に使わなければ辿り着けない程の古書や参考文献の束の「もさい光景」をはじめて見た時の洸太は、意外にも目を輝かせていた。


「え! 俺、こういう本大好き。」


黴菌にむせながら、印刷のページを捲(めく)るためにわざわざ立ったり座ったりを繰り返しながら、コタは古書達をへー、ふーんと摘(つま)むように漁り、それが終わると気持ち深めに座り込み、胡座をかいてゆっくり頁をめくっていた。



「大学の仕事の展示で縁があった人との付き合いでね、まぁこっちは仕事というよりもうボランティアに近い感じよ。割に合わないって意味でね。古くからの古書店の商店街の組合から頼まれてるようなものだから」


私がそう言うと、洸太はただ、


「素敵ですね」


と真っ直ぐな瞳で褒めてくれた。



コタは私からしてみれば頭の良い理系端なのに、決して自慢したり知識をひけらかしたりせず、頭の堅い文系の私をいつも優しく、覗き込んでくれた。




興味があると言っておきながら、

本を開いて、またコクッと寝てしまうコタ。


このままぐっすり寝かせてあげたい気もしてくる。



ねぇ、洸太。

息子が一人増えたみたいだって思ってるよ。


いつでも、頼って。


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