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その日の夜は一人でゆっくり自炊をして半年ぶりくらいにNetflixを満喫する予定だったのに、冷凍ピザを少し齧(かじ)ったりネイルを無意識に剥がしたり台所のカトラリーケースを意味もなく片づけ出したり、ホントにふわふわ落ち着かなかった。
完全に頭の中がコタの事で支配されていて、うっとりと、というのは自分でも気持ち悪いけれど、急に理性の厚い厚い雲が拓けて、女の自分が覚醒したような夜だった。
つい数時間前の会話なのに、夢の中のように断片的にしか甦って来ない。
洸太と一線を越えた直後の自分の姿が、動揺し過ぎていてかっこ悪いというか、ひと言でクソダサかった。
若い彼がもしかすると期待していたかもしれない、大人の女の余裕のようなものが途中からどうも見せつけられなかった事が悔やまれる。
「 ちょ…、待って。ヤバいよね、これ。うー。この関係まずいって!」
私の声が籠っていたのは、
そそくさと服を着用する目的で、白い毛布をスッポリ被ってゴソゴソしていたから。
まるで、巨大なオバQ。
ピノキオ座りをしながら、洸太はまだ頭をクシャクシャにしてボーっと何かに浸っていた。
「ホントにごめん、先生ごめんなさい、なんか良く分かんないけど、もう謝っとく。これで最後にしてね。」
「 … 最初で?」
「もちろん」
一瞬コタの表情が固まったけれど。
コタは数分前に違う用途で使った箱ティッシュに手を伸ばし膝に乗っけると、わざと刺繍入りのシルクのカバーを外して、2、3枚引き出すと、品もなく鼻をズーッと擤んだ。
「はい、着て。」
オバQは人間の手をヌッと出し、コタ様の召し物を手探りで回収すると、献上するように両手で差し出した。
直ぐに反応がないと、また年増は会話を被せようとしてしまうでないか。
「… 着せてあげよっか?」
あ、いけない、また子供扱いしちゃったなと毛布から普通に出現すると、
「あーー、好きだなー、トミさん。」
ティッシュを千切って小さく丸めながら鼻の穴にグイグイ入れながらだったけれど、
だから、少しだけ唖然とはしたけれど、
低いトーンで力強くそんな事をしみじみと言われて…やっぱり嬉しかった。
「ん。私もやばかった、好きになりそーだった」
そう目を合わさず言うと、洸太の真似じゃないけれど、わざとらしく自身のジーンズのチャックが開いてないか項垂れて確認した。
「は…? そー、すか。」
頭をヨシヨシしてあげようとしたら躱(かわ)されて左耳の軟骨にキスをされた。というより、そのピアスホールの上あたりを唇で挟んで短く吸われた。
コタが片手で自分の顔を覆ったかと思うと、次の瞬間にはスンと澄まし顔になり、タブレット端末の充電コードをちょこんと会釈して抜いた。
その瞬間、急に私たちは夢から醒めたように、現実的な関係に戻っていった。
そうだよ。
洸太先生は何だかんだ医学部生。
頭いいんだし、根は私の一億倍真面目なんだから。
「絶対、合格させますから」
「あ… はい! ほんっと愚息で、ご迷惑をおかけ致します。」
先程からのゆるゆるコタとは一転、ボタンを外さず脱いだらしいオーバーサイズのグリーンのシャツをバッと被って、Gジャンの襟を正してスパッと立ち上がった紳士的な洸太の背中に。
馬鹿ですよね、キュンとしてしまいました。
「行ってらっしゃい …?」
何故か語尾が僅かに疑問系になってしまったけれど、大学に戻る洸太を送り出した。
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