*******
大祐の事務所は、厳密に言うと現地法人となる為、グェンさんは大祐を“社長さん”と呼んでいた。
その、グェンさんという女の子とは、最初に観光地をアテンドしてもらって以来、たまに一緒に出掛ける仲になった。
「麦さん、モデルみたいに、カワイイデスネ。
写真撮ってもいいですか」
彼女は、会うたびに、やたらと大袈裟に私を褒めてくれた。
ベトナムの女の子は日本製の化粧品が大好きで。
大祐と夏休みやテトに、日本に一時帰国した際には、資生堂やカネボウの洗顔フォームを、よくお土産にプレゼントした。
大祐は、
「日本製なら、ベトナム人はなんでも喜ぶから。安いやつでいいよ」
というタイプだったから、たまに大祐には内緒で、グェンさんや、あと新人のチャンさんにも、こっそりYSLやDiorをプレゼントしたりも。
ところで、大祐が麦を連れてきたこのベトナムという国は、とにかく〝暑い国〟で代表されることが多いけれど。
意外にも、首都ハノイは湿度も高く、年中常夏のホーチミンとは違って、一応四季があり、一月頃はダウンコートが必要な日さえあったりする。
なんと山奥では、雪さえ降る場所も。
発展途上国の成長は目まぐるしかった。
麦と大祐が暮らしたわずか数年のうちに、随分と街も綺麗に様変わりしていった。
LOTTEデパートに代表されるように。
ベトナムに対するODAは、この夫婦がベトナムにサヨナラする頃には、韓国が日本を追い抜いてしまっていて、タクシーに乗ると、
「ングイニヤット?(日本人?)」
と笑顔で訊かれていたのが、
「ングイハンクオック?(韓国人?)」
と訊かれるようになったのもこの頃からで、日本人と分かると運転手から怪訝な顔をされる場面さえ出てきた。
日本やアメリカとは違い、社会主義国家の、ベトナム。
大祐が、この国で、たった一人、支店を立ち上げることが、どれだけ大変であったか。
今思えば後悔することは沢山ある。
駐在妻だなんて浮かれてないで、もっと彼を支えてあげていたらよかった。
後に、憶測よりもずっと早く、駐在生活は四年足らずで幕を閉じる羽目になったのだから。
*******