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この家は確かに、“屋根裏部屋も付いた二階建て”ではあるが、一軒家…というより、マンションの低層階タイプといったところ。
バブル期にはおそらく、テラスハウスと呼んでいたのかもしれない。
隣人とは、コンクリートではあるが、壁一枚でつながっている、メゾネットタイプの物件。
「ボロ屋敷ぃ~っ!」
大祐は、珠暖簾(たまのれん)の真ん中あたりの緩やかなカーブにカラコロと頭頂部を合わせるように屈むと、寝起き70%の変顔でいつもの麦の口癖を真似た。
「しゃーしいねぇ、真似せんでよ。
だいたいボロでも〝屋敷〟っぽいなら許せるんだよね、まだ。
屋敷とも言えない狭さがまた腹立つッ」
麦は、猫舌の大祐のために既にマグカップに注いでいたコーヒーを手渡した。
いつもは冷たいそれが、今日はまだほんのり温かい。
「隣のジーさんバーさんも〝ボロ〟屋敷に住んでるわけだから、あんまり良くないんじゃない?そーゆーこと大声でゆうの」
「大だって、ジ~さんバ~さんとか言いよるやん。
口悪(くちわる)~っ」
平日の朝にしては珍しく、大祐が椅子に腰かけていた。
ラップに巻かれてコロコロと置かれていた手のひらサイズの朝食は、あの頃と変わらない。
ロールパンの上に切れ目を入れて、その間にマーガリンを塗る。
サニーレタス一枚を敷いたら前日の残り物のポテサラを挟み、塩コショウでコロコロ炒めた赤ウィンナーをのせたそれ。
いつもはギリギリまで寝ている大祐のために、朝食は、冷たいコーヒーと、立ったまま、もしくは電車や会社に着いて食べられるものを用意した。
ゆえにまぁ…消去法で、サンドイッチかお握りか。
大祐はその貴重なアレンジバージョンの今日をあっけなく3口で食べ終えると、早々と立ち上がった。
折れ曲がった白い天板が、夫の太腿に持ち上げられてバタンと音を立てた。
その音に、はたと思い出したように責任を持ってバタン、ガチャリと古い窓を閉めた人物は、もちろん、それを開けた妻。
新婚時代に買った、三分の一が折れ曲がるタイプのこの白いダイニングテーブルだけが、昭和レトロなインテリアから浮いていた。
結婚十一年。
妻にはなれたが、母にはなれなかった。
家族構成が変われば開かれて伸びるはずだった真っ白な天板は、折り畳まれたまま。
ホワイトを基調としたナチュラルテイストの家具は、もう彼女の趣向ではなかった。
それなのに。
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備えの水は重いから、宅配が一番。
キャップにAmazonと入ってるのが、
逆にかわいい。