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あの日は大雨だったから。
ソファーを一瞥(いちべつ)する。目が合う。どうして。
ニットのタイトスカートからはデニール120の分厚いタイツが伸び、全然そそられないはずなのに。
ずるい。こんな寒い日に私だけ剥がされていく。
家具付き物件とはいえ、こんなにも粗末なソファーの上で。
「だめ。ここはやだ」
「ここは?」
どこならいいの、という意味で、意地悪そうな、本当に困っているような下倉の声が、やはりでも流石にうわずっていた。
自分のものでも相手のものでもないソファーの上でだなんて、申し訳ない、という割と天然なことを話しながらだったと思う。
どういう風に、どういう面(つら)を提(さ)げて、階段を上がったかは覚えていなかった。
そのあと、2階のクローゼットの中で、下倉の想いを知ることになった。
「ウォークインクローゼットに…窓なんかいらないのにね。」
「こんな時は特にね。」
その部屋には他の仲介業者が立て掛けていったのぼり旗がポップなフォントのままで無神経に無造作に不安定に二人を見ていた。
主寝室の奥の奥。
その小窓の光に下倉は黒い上着で蓋をした。
本気になってごめんという意味の類語だったと思う。
告白というより懺悔(ざんげ)に近かった。
こんなに弾力のあるダウンコートの上からよく位置が分かったなと思う。
まるで痴漢に遭ったかのような勢いで二つのそれを探られたときにはもう、汗だくになっていた。
ずっと立ったまま。それが麦が望んだことだった。
黒いカーテンはとうに墜ち、麦が死角に入ろうと引き寄せた肩を、下倉はわざと翻して窓に顔を押し付けた。
かがむと同時に、右手に力を入れてくる。
下倉の冷凍させたような冷たい指がみずみずしいライチの中で熱を持ってきた。
いつか見た、安藤忠雄の光の教会。
この空間でこんなことをしてしまったのだから、この物件に決めなければいけない気もするし、この気持ちは聖なるものだから、どうか、聖なるものですから、と許しを請いたいような気もしてくる。
Senteur et Beauteの練り香水が、汗と反応して微かに香りを蒸発させてきた。嫌な香りではなかった。
西の時のような体に反比例した心の不快感は少しもなかった。
短い時間だったと思う。
纏足(てんそく)のように突っ張った脚を小刻みに震わせたあと、お客さんの振りをして適度な距離を保ちながら営業車に戻ったときにはまだ雨脚が強くて、ホッとしたのを覚えている。
雨の音や雫は、神様の使いだったんだ。
隠してくれたんだよね、多分。
目の前は大学の用地か何かで拓(ひら)けていて、あの小窓の光と影なんかきっと、雲の流れか、シンボルツリーが揺れただけ。
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