どうも、ヘイスティングスです。
今日ついに7年程使い古したコップが割れた。
100円ショップのものだったが、丈夫で紫のレースの模様のようなものがチラチラと入った可愛いデザインであった。
時間が経るうちにもちろん茶渋やカビのようなものも気になり、ゴシゴシ洗い続けたものだ。
これだけの年月が経っていれば、多少の思い入れはあると自分でも思っていたが、いざ割れたことを知ったときそこまで悲しくはならなかった。
それは新しいものがほしいという気持ちの方が強かったからだと思う。
家族の誰かがコップを割るごとに新しいものを買ってもらっているのを見ると「この柄は飽きたし、 汚くなってきたから早く割れてくれないか」と思っている自分がいたのである。
だが非情な私にも使い古したことへの充実感はコップから水が溢れるほどたくさんあった。
今までありがとう・さようなら