ネタ 人生一番目の記憶は?
ブログネタ:人生一番目の記憶は?
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記憶は改変されるものだから、はっきりと
「事実である」ということはできないけれど。
もっとも古い記憶の中はゆりかごの中、次は幼稚園でひたすら逆上がりを練習している自分だった。
ゆりかごの中の記憶は、幸せな記憶なのでここでは語らず大切にしまっておくこととして幼稚園の時の記憶から語ろうと思う。
僕は、追手門幼稚園という私立の幼稚園に通っていた。
当時は、そろばん、ピアノ、お習字、スイミングといった習い事を子供にさせるのが奥様方にはやっていた時代で例にももれず僕もそのたぐいだったけど
僕はとても落ちこぼれだった。
落ちこぼれというか、正確には先生の言うことを全くと言っていいほど聞かない生き物だったのだ。
先生の言うことを聞くくらいならば、仮面ライダーごっこに一人ふけっているような・・・
ほかの奥様方から見れば、きわめてかわいそうな子。
とにかく、手がかかる子として有名だっただろう。
私立幼稚園というのは変ったもので
この時期から子供に塾を提供したりもしていた。
あいうえお表を横から読ませたり
世界各国の国旗と、領土の図を覚えさせたりと、そういったこともさせていた。
僕がそういったグループの中で上手くいくはずもなく
怒られては先生に立てついて
ついには、グループ内に入れなくなった。
流行り事とは言え、母もほかの奥様同様、自分の子供に何か見つけたかったのだろう。
結果的に、ぼくは、ほかの習い事にことごとく入っては成果を出せずに辞めてしまった。
そういうことを事細かに覚えていながらも、それらに対してケロッとして何とも思わないほど
ある種、僕は実に『遅れた子供』だったのだ。
そんな中、体操クラブへも行くことになった。
だが、これも結果を言ってしまうなら、さして上手くいかなかった。
当時の僕は、頭もよくなければ運動神経だって良いわけではなかったのである。
ただ・・・・。
ただ、ある種の幻想に本気になることだけはできた。
だから仮面ライダーごっこをしてはそれに熱中していたのである。
けれども、逆上がりもできない人間が仮面ライダーのように飛んだり跳ねたりできるのか?―という現実に、幻想が崩れそうになったとき
ぼくは、愚かにもやはり幻想に本気になることしかできなかったのだ。
「仮面ライダーになろう」
ぼくは、気がつけば鉄棒の前に立っていたのである。
鉄棒の前で何度も逆上がりを練習した。
母の迎えが来てもかまわずしていた。
教室でみんながお遊戯をしている時間も同様に練習していた。
でも・・・結局できなかった。
できなかったくせに、できるようになるという幻想だけは捨てなかった。
ひたすらがむしゃらに、見当はずれな練習を繰り返し
それでも、逆上がりができるようになった幻想の自分を追いかけた。
その様子を見て、母は一切の習い事を薦めなくなった。
それが最も初めに近い記憶。
悔しさでいっぱいで、できなくてもがむしゃらに動いていた自分。
できなくても満足していた自分。あきらめることだけはしなかった自分。
でも、その記憶のおかげで
僕は、できないかった勉強をがむしゃらにやって医学部にも入れたし
フルコン空手で大会上位に食い込めるようになった。
もちろん逆上がりもできるようになれたし、逆立ち歩きだってできる。
できることの思い出はさして僕に何も与えなかったのだろう。
だから消えていった。
出来ないことの思い出が僕を作り上げてくれたのだろう。
だから今でも、悔しさとともに大事に胸のなかにしまってある。
遅れた子供は、足を動かし続けることで前に進んだ。
ただ、それだけの事なのかも知れないけれど
それが僕にとっては何より大切な思い出だから、
記憶の中で消えること無く
ただ僕の記憶(ものがたり)の冒頭を今でも語ってくれている。

