リメイク版『ペリュトンの事 —自在証明ー』 お試し版②
僕は招かれた椅子に座る。どうやらスコーンまで用意してくれたらしい。しかも焼きたて。こう言う所がこの少女(こ)の厄介な所だと僕は思う。彼女の先ほどの言葉にしたって僕の身を案じてのことではない。何しろ彼女にとって僕が『この時間』に『無事』に辿り着く事など、端(はな)からわかりきっている事なのだ。だからこそ紅茶もスコーンもできたてで出てくるのである。だからといって社交辞令かと言えばそうでもない。ただ単純に『ノッカー』と呼ばれるあの真鍮製の金具のご機嫌具合を喜んでいるのだ。
「前々から、思っていたけれどさ。アレ、どういう仕組みだ?魔法か何かか?」
「さぁ?私は確かに識っているけれど、同時に理解っているわけではないの。だってこの家自体借り物みたいな物で、私は魔法使いではないのだから。」
少女はちょこんと椅子に座って自分のカップにも紅茶を円を描いて注いだ。
「ただ、もともとは鉱脈を掘り当てる精霊(スプライト)だとか妖精(フェアリー)だとか。セシリー(あの娘)はそんな事言っていたかしら。でも、まぁ私としてはそんな事よりあなたが4回叩いてすんなり入れたのであればそれで十分。」
それよりも、折角の紅茶が冷めてしまうわ―と話を変えようとする。
言っている事が僕にはさっぱりわからない、どうやら、説明する気はあっても解説する気はないらしい。しかも、冗談のつもりでいった『魔法』という言葉を否定されなかった事に驚きだ。少女はその幻想的な見た目とは裏腹に現実嗜好のリアリストで、あまり冗談を好まない。からかう事は大好物だがそこまで即興(ノリ)がいい人間でもないのだ。
案外、魔法だのお化けだの幽霊だのは、彼女にとっては了解可能な些事な出来事で、実在を疑うに値しないのかもしれない。
「予言者ともなると魔女とも知り合いになるのか、本当に所長は話のネタに困らないと『僕』は言うだろうね。」
「あなた、それは二度と口にしない方がいいわ。」
彼女は、紅茶を一口こくりと嚥下し
「女魔術師(メイガス)の前で魔女(ウィッチ)などと言うのは自殺行為だもの。」
と、付け加える。その両者にどんな違いがあるかはよくわからないが,自殺行為とはまた物騒な単語だ。
「今回は、あの憂鬱多弁(ブルーブルー)も関わったときいていたから、てっきりもっとろくでもない方向に転がるかと思っていたけれど、ええ、今回は存外ましだわ。」
アレをもってましだと言うこの中学生(少女)の感覚は絶望的に終わっている。
実体験として味わった人間からすれば、アレは地獄だったと思うし、もしかしたら現在も地獄なのかもしれない。
「では、依頼のご報告をお願いします。」
「何故?意味ないでしょ、それ。全て知っている人間に何を語れって言うんだ?」
未来を見通せるのならば、僕が話す内容などそれこそ事前に知っているだろうし、それらしき事も言っている。改めて語るなんて馬鹿馬鹿しい。そもそも彼女は黒幕なのだから。
「意味はあるわ。だって、今日私はこの時間にあなたの報告を聞く事になっているのだもの。もし聞かなかったら知らなかった事になる。」
「それは、今知っている事でも忘れてしまうと言う事?」
「いいえ、知らなかった体裁で世界が動き出すと言う事よ。これは確定した未来得る為の儀式みたいな物。変数Xを定数aにする条件付けみたいなものかしら…。そうね、白状するとやっぱり報告してもらわないと私は困るのよ。」
と、いいから話してちょうだいよ。と少しすねた様な顔をする。
美少女に物欲しそうな顔をされて、断れる程僕は冷血ではない。
僕は、紅茶を一口飲んで思案する。温かなそれは、冷えた体に沁み入る様に熱を与える。
さて、何処から話した物か。
「ええと、そうだね。頭が鹿、胴体が鷲って感じのキマイラだとか鵺みたいな奴がいるとして」
僕はおぼろげに覚えている蒼い男の言葉をそのままに―。
「そいつとやっぱり似た様なキマイラだとか鵺だとかに共通する事は何だろう?ってことらしい。」
僕は訥々と語り出した。
「要するにーそう、深戒櫃代が語りだすと、そのくらい簡単な構図になってしまうそうで。
仮に、そんな生物がいたとして、彼らは自身の事を何者であると認識するか、鹿なのか、鷲なのか、或はほ乳類なのか、鳥類なのか。
その疑問を他者に感じた物を「鵺」と呼び、自己に感じてしまうと「ペリュトン」とそう呼ぶのだと
ただ、それだけの「怪異現象」なのだと。
つまりは…」
大槻キコア(ぼく)は霧宮瑠璃(予言者)に、お伽噺を語る様にある一つの怪異譚を述懐する。
そこら辺にある与太話。
誰もが陥る失敗談。
きっかけは、ほんの些細な事なのに、人の御託は奇々怪々。
言い訳じみた苦悩の先に、享受出来ない不幸の底に
何かにすがる様にしてあったその事件は
只只ー『ああ、人間は弱い生き物なのだな』という事を証明する様なそんな出来事はおきたのだった。
あれはまだ、聖夜(クリスマス)を数日先に控えた冬の日のこと―。