第四章 体験版 弓端 対 柄原
12月18日 真夜
風が冷たい・・・・12月中ごろともなれば、夜の空気が昼のは当たり前のことだ。
月が照らす庭園。
足場を固めた砂利一つ一つが重力を帯びる・・・ここは正に奴らのためのフィールド。
結界―この世界での魔法法則の発動率は百パーセント
弓端家―。
その屋根裏に着物姿の・・・いや、それとはややつくりが違う。もようこそ桃のがらというきらびやかなものだが、その装備はどちらかと言えば弓道着の作りによく似ている。
月夜に白々とひかる長弓・・・和弓。
そのシルエットが月を二つに割っていた。
その影の主は弓端御世。
対して私はいつもの黒いレディーススーツに麦わら帽子。腰に下げた細剣(レイピア)。私は、あの女の影が伸びる地面の上で彼女を見上げていた。
「遅かったじゃないの、『姉さん』。一足遅かったわね。私は魔法使いであることを思い出したわ。」
「とはいえ、それでも完全と言うわけではないだろう。それで私にとっては十分だ」
「確かに、そうね。古矢に愛される前と比較すると3割ほどしか力はないかも・・けれど、私にとってもそれで充分。」
そう言って、御世は弓をこちらに向けてきた。
「お父様は死んだようね?古矢も・・・・許さない。」
「その割にはあまり悲しそうではないのだな」
「ええ・・・私なんかより遙かに可哀そうな男を見てしまったもの。泣いてなんかいられないわ。死戯なんですってね。しかも、『憂鬱多弁』、彼はこれまでの人生で一体どこまで失ってきたのかしら?想像もつかないわ。彼の受けた死戯と言うものは私たちの使う魔法なんかとは根本的なレベルが違う『本物の呪い』、私の操るシステムとしても学問としても系統立てられたものじゃない・・ただの悪意だもの。彼って本当に不憫だわ。だから姉さんが引かれたのはそんな所なんじゃないかしら?だって、自分より不憫なものを見ると優越感に浸れるもの。うふふ、姉さんていっつもそう、愛してるなんてウソっぱち。」
「残念・・・御世、私は彼の事を『死戯になる前から知っている』。いかれてるのさ」
私は、麦わら帽子を脱いで首にかける。そして、レイピアを抜いた。
「あはは!殺されに来たの!?姉さん!この魔法法則が支配する空間でなんて愚かな!そこまでして貴方は魔法使いを拒絶するの!?儀礼も行っていない何の魔法的効果も付与されていないただの鉄くずで・・・そんなものを使ってまで私を殺そうとするの!?
ふざけるなっ!」
妹よ、吠えるな。叫ぶな。こんな物でも十分だろう。お前たち幻想を打ち砕くにはたった一本の現実(リアル)があればいい。
「私には、科学的に人を殺傷できる能力があればいい。それだけだよ、御世。『死になさい』」
私はレイピアの剣先を彼女の目線に合わせる。
「おいで、遊んであげるから。お姉ちゃんに甘えてきなさい」
御世は弓を引いた。しかし、そこには矢など接がれてはいない。
弓に張った弦をぐいと引く。
「そう、分家の忌児の分際で・・・調子に乗ったのね。残念だわ。さよなら、姉さん。戦争ね。」
「いいや、狩りだよ。獲物ちゃん。」
それが戦闘開始の合図、瞬間退かれた弦から指が離れた弦は甲高い音を奏で世界に衝撃を伝播させる。
その音が聞こえたと思った瞬間大気が爆ぜた。視覚的に閃光があったわけでも火花が出たわけでも、当然矢が接がれていないのだから矢が飛んできたわけでもない。あえて言うなら衝撃波が最も近いが威力は段違い。
彼女の出した波紋は世界に亀裂を走らせる。
弦の音は鬼の心臓を穿つ。
大地が爆散し、大きな穴を開ける。当然弓端屋敷など一瞬にして半壊した。
とんでもない―丸で話にならない。二人の死戯の戦いが大阪モノレール本線を爆散させたが、それ以上の破壊がたかが指先一つで行われる。
これが魔法使い。日本においてそのすべてを支配する三大家系古刀、弓端、槍夜がうちの弓端、その本家たる現党首が操る力。しかもあくまで3割。
彼女の前では人間などひ弱以下、アリや虫を殺すくらい単純な作業だ。
「あらあら、良く跳ぶのね・・・本当に虫のよう。」
私は、爆発を利用し、大きく跳躍して弓端の上を取る・・・レイピアをつきたてようとするが、そこで彼女はまたも弦を鳴らした。
その衝撃波によって私は再びもとの位置に吹っ飛ばされる。地面に足をつきたて砂煙をあげながら足でこらえることによってようやく停止と言う行動を取れた。
圧倒的力の差・・・しかし、御世は苦虫をつぶした顔をしている。
当然だ。
「姉さん、人間止めたの?」
あれほどの破壊を与えた弓の一撃の直撃を貰ったにもかかわらず、私には丸で問題と言うものがない。―人間ならば確実に死んでいる。そう言いたいらしい。
「まさか、私は人のままだよ。人だからこそ、あの程度で死ぬ道理がない。」
「そう。でも戦力差は変わらないわ。わかる?私・・・とっても手加減しているの。弓端の分家、弦候堂の党首の髪を使ったこの弦を鳴らしているだけ・・・あなたは分家の些細な力に圧倒されているの。わかるかしら?」
「へぇ、姉思いの所もあるじゃないか?」
「もう、それも終わり。」
彼女は、腰にさげた筒から矢を取り出した。そう、それは古矢の力。
それを彼女は天にかざす・・・破魔矢それは護法。
現実に作用するならば聖なる絶対領域。
世界は一変する―生み出されたのは霊山、泰山。
中国における伝説の場所。
あくまでそれは再現にすぎない。しかし、この場所では本物となんら変わらない。
「お山のおサルさんとは笑わせる。」
「蚤のほざくことではないわ・・・」
魔法的効果はその支配率により、結界内ではそれが増強する。
化の霊山における再現率は、今までとは比べものになるまい。しかも泰山は、それだけではない。ここに住むと言われる泰山府君とは閻魔大王と同一視される存在。つまり、命をやり取りする神―源命流転の、能力。
「さぁ、来なさい。古矢、お父様。」
再現されたのは、先ほど殺害された、古矢と弓端の父。
しかし、生前の姿と言うわけではない。ぼんやりとした光の影のようなもの。あくまで魂を再現させているにすぎない。
「本当は、旧日本軍くらいなら呼び出せるのだけど・・・今の状態じゃこのくらい。ああつまらなくてごめんなさい。姉さん。」
「お前ががっかりさせてくれるのはいつものことだよ。今更―。」
私はタバコをくわえて火を付ける。
紫煙・・・・立ち上った煙は泰山の霞む雲のようにたなびくのを見て・・・乙だな、と呟いた。
その様子を見て、御世は憤慨したのか、普通の人間なら解らない表情の変化だろうが、目をやや細めた・・それが合図。
瞬間、弓端の父―弓端幸一の魂魄と、古矢の魂魄が動き出した。
魂魄の形は無形・・・故に、流動体のようにそれは進展し圧縮し、拡散できる。
二つの魂魄は、散弾銃のように放射線状にその身体を拡散させながらこちらに衝突をもくろんでくる。
魂は、物体に触れることはない。故に、当たってもおそらく肉体的な外傷はないだろう。
しかし、魂同士は衝突する。
削れ潰れ、崩壊できる―人の心が傷つけ合う時のように。
ゆえに、彼らの衝突は致死的―魂を殺す散弾銃。
わたしは、その死の雨の中を、一滴も濡れずにかわし続け、相手の間合いを詰めた。
そして、二つの魂魄を剣で切りつける。
斬撃は弐線―かわすことのできない最速の速度。
通り抜けるように、そのまま二つの魂魄との交差。
切り付けた魂は、一瞬風に吹かれた霧のように揺らめいただけでその後には何もない。
「だから無駄なのよ。姉さん。言ったじゃない?そんななんの魔術効果もないような剣を帯刀した程度どうなると言うの?本当に笑わせるわ。」
だが、そんなものははなから眼中にない。
初めから魂魄と戦うつもりなら、一瞬たりとも背後を見せるわけにはいかない。
通り抜ける―交差するなどはなからしない。
そして、私は未だに駆け続けているのだー彼女に―弓端御世に。
「古矢!」
瞬間魂魄は矢の形に形状を変え、閃光となって私を猛追する。
大気が摩擦で燃え上がるほどの速度、とうに音速を超える―が、衝撃波を伴って達する速度を持ってなお・・・私に届くことはない。
私の方が―断然迅い。
御世は弓を構える。
この泰山の結界中では先ほどの衝撃波はいかほど威力が増しているだろうか?
だが、御世?お前がいくら魔法を使えても、それは人間の反射速度によるものだろう?それでは、てんで話にならないんだ。
この速度に達した私には視界と言うものがほとんどない。
急速に縮まる距離―いや、そんなものは私には最初からなかった。
―弦ははじかれる。
先ほど以上の爆風。
空気の壁を超える速度を持ってしても圧し返される。所詮運動エネルギーで言えば、私は私の体重を超えるわけではないのだ。速さは二乗―けれど、体重が無視できるというわけではない。それは質に影響する。衝突の弾性。
衝撃波との衝突を経て減速する。
だが、届いた。嵐をかき分けて私は彼女の前に立つ。
ならば、やることは一つ―斬撃による一閃。だが、彼女はそれをかわす。
交わせる―なぜなら―衝撃派の影響を受けないで猛追する古矢の魂魄がすでに底まで迫っていた。私は、自分の速度を殺しきれず、からぶる斬撃をおいて、振り返り、古矢に備える。
「穿て、古き矢の一族よ」
古矢は目標をたがえず私にまっすぐと進む―
豪―猛る稲妻の如く―直前にて魂は破裂する。
包み込むように、回避不可能に展開される魂魄。
それは圧縮するようにこの私を取り込もうとする。
「古矢―今度こそ消滅しろ。」
魂魄は私の魂を傷つけない―そう、これは護法なのだろう?
破魔矢と言うものは―
手に持った破魔矢から放たれる閃光!それが古矢と言うさまよう亡霊を浄化していく。
「姉さん・・あなたは!」
「本当に優れた能力だと思うよ、お前たち御三家、それに類する魔法の物質化にたけたお前たちと言う奇跡は。魔法は、本来一人につき一つ覚えるのがやっとの技術。人類が手にするには過ぎたものだと言わんばかりに―魔法と言う概念は、人間の脳の要領を遙かに超えた存在だ。故に―お前たちは自ら習得した魔法を武器にすることで、後世に残す。そうして、魔法を永続化することで、複数の魔法を習得することと同じ力を得た。
武器そのものが魔法なのだ―つまり、これは存在自体がすでに発動している状態と言える。
はは、誰にでも使える。私のような魔力が欠片として存在しない人間でも」
そもそも、古今和歌集に出てきた大将だって魔法使いと言うわけではない。ただの人間―歴史がお前たちの能力の雄大さを物語ると同時に、私が生き延びれると言うことを指してくれている。
破魔矢をダーツのように投擲する。
それは、弓端幸一を一瞬にして穿った。
一瞬にして霧散する魂魄。
その霧の拡散に混じって、薄気味悪く私は笑った。
「今度からは、盗まれないように気を付けなさい。御世。最近、置引とか多いいから」
交差する私と御世の一瞬―私が欲しかったのはあくまで破魔矢の方―古矢と弓端幸一を、無視したわけではない。
雑多なものは私の闘争には無用だ―興ざめしてしまう。
御世は何も言わなかった。何も言わずに弓を引いた。矢をつがえ、弦をを引き、照準を合わせ、羽白が空を切ろうと生き吹いている。
「まったく、人間のものを盗むなんて、どちらがお山のおサルさんかしら。箕面の山にでも帰るがいいわ」
その瞬間魔力が爆ぜた。
魔法使いとしての弓端御世―御三家の一柱、その党首たるふさわしい膨大な魔力に、古矢、弦候堂、羽白の総力が結集し、本来の『弓矢』としての力の発動を見る。
弓矢は攻撃のみしかない、弓矢に防ぐ文字はない。
射し、当ざれば即ち死、的ざれば即ち死、貫かざれば死、穿たなければ死。
そのすべてを、攻撃のみに特化させ、必殺を得なければ死が待ち受ける。その存在を殺傷と言う一つに傾けた形こそ弓矢。
「わかるかしら?あなたが目の前にしているのは死ですらない、死は私の背後にある。あなたは私の一射をもってここに『無』と対面する。」
つまり、彼女の与えようとしている攻撃は『無』の概念を押し付ける魔術。
概念付与―私に無と言うレッテルをはり、世界法則を欺き、世界に私を無に帰するように働きかける。
まさしく究極の魔術の一つ。
例えば、それが大きいと言うレッテルならば、私はどこぞのM78星雲にすむはた迷惑な巨人の如く、巨大化するかもしれない。
物理法則を超えた魔術法則。
ごくりとのどが鳴った。その危険度は今までの比ではない―そう、直観が告げている。あれはそう言うものだ―神であろうが何であろうが・・・有象無象の区別なくあれはすべてを滅し彼岸へ旅立たせる。
やはり恐ろしい力だ・・・・魔法・・・・人間が生み出した神をも殺す一撃。
科学には、そんな力はない―だが・・・。
科学は人を殺せる・・・あまりに簡単に殺してしまう―だからこそ・・・・。
そうだ・・・・だから選んだのだ・・・だから誓ったのではないのか?私よ。
何を怯えることがある、何を恐れる必要がある。今、自分が目の前にしているのは何だ。神か?化け物か?1000年の歴史を練りし魔法使い?何だそれは?
はん、馬鹿か?
あれはただの女だ。人間の女だ。
か弱い腕で、幼い思考で、ちょっと刃物を持って暴れているだけのヒステリックな『いもうと』ではないか?―ならば殺せる、科学は奴をくびり殺せる・・・殺傷しうる。
おちつけ・・・・
鎮めてやるんだ・・・・いや、
『沈めてやるんだ』
姉として、深く暗いそこへ・・・・叩き落としてやる!
私は構える。そう、細剣を相手に突き立てろ。相手の視線から未来の軌道を読み取れ。可能だ。すべて可能だ。不可能なんて存在しない!
「虚ろに帰れ、柄原の忌児」
そして、ついに矢が放たれた。
が、それは私も同じだ。私は放たれた屋に向かい突っ込んでいく。
矢は弾丸よりも早い―しかし、それでも私は捉える事が出来る、ならば、撃ち落とせるはずだ。私はつきたてた剣の先を、弓矢の先に当てた。
瞬間放たれる閃光―成功―いや、それは失敗。
結果は見ての通り明らかだ。
剣は見る見るうちに『無』という属性を付与され霧散されていく!
このままだと、私も連鎖的に『無』を付与されてしまう。
私はすぐに剣から手を離し、真上にとんだ。
大地と接触することさえ、危険だ。
その直感は正しかった。眼前にとらえられたのは信じられない光景。大地が下がっていく。ちょうど結界の範囲に相当する部分にあわせて切り取られたように、地面が下へ下へと下がっていく―違う、矢がふれた先から地面を消滅させて言っているのだ。もう、着地する場所さえない、眼下は文字通り奈落の底だ。地下何メートルだ?底が見えない。
だが、着地の事など気にしている余裕はない。すでに次の矢は構えられているのだ。