自己消失 1-7 夕暮れの商店街 ―小説
古矢さんは、みぃちゃんの外出に大反対した。
それはそうだろう。
不審者がどこでみぃちゃんを狙っているか分からないのだから、
当然と言えば当然の心配である。
いろいろと話し合った後、
僕も古矢さんを説得することになり、
古矢さんに、
「そこまでおっしゃるのでしたら」という頃には、
結局45分を要した。
「すごいですね」
「なにがですか?」
「古矢は、いかにも気弱な印象を与える男ですが、あれで結構頑固者なんです。
その古矢を言いくるめるなんて・・・」
「そんなことありませんよ。」
そうですか・・と、みぃちゃんは納得して、僕の開けた正門をくぐる。ありがとう、と一言いった。
「では、商店街が近くにあるので、徒歩で行きましょうか。」
そこは小さな商店街だった。
全長20Mもない。
だけど妙に温かい感じと、穏やかな人の表情がそこにある。
またも、意外。
本当に庶民的なところで買い物をする。
いままでのお嬢様発言をすべて撤回したいくらいの庶民派だ。
僕はてっきり商店街などと言って、
国内はおろか外国製品が所狭しと搭載された巨大スーパーマーケット、
およびそれに類似するところに連れてこられるものと思っていた。
「どうしました?」
「あ、いや本当に商店街だと?」
「珍しいものでもないでしょう?」
「その通りですね」
なんだけど・・・。
みぃちゃんは、ふらふらと、どことなくぎこちない歩みで八百屋に向かう。
店先に並ぶ、みずみずしい新鮮な野菜、その店先に並んだキャベツを手に取り、無表情に凝視する。
・・・何を考えてるんだろう?
そんなに睨んでも野菜の良しあしが分かるとは思えない。
そもそも、この人、商店街で買い物なんてできるのか?
初対面の人間に、どなりつけるような人だぞ?
いや・・・、
もしかしたら、旧家の人間であるみぃちゃんにとって、この地域の人々とはかかわりが深いのかもしれない。
それなら普通に―
「ちょっと!そこの店し―」
その瞬間、僕は自分でも信じられないようなスピードで、みぃちゃんの持つキャベツを分捕り、
八百屋の対象とみぃちゃんの間に割って入る!
そう!
僕は、今、光を超えた!
「こ、これ安くしてもらえますか?」
く、・・・つい、使ってしまった。
「おう、にぃちゃん。彼女と買い出しかい?
熱いねぇ。大サービスするよ。で、いくつ欲しいんだい?」
「3つ・・、3つお願いするわ」
よし、どうやら、普通に会話できる軌道に乗ったらしい。
あとは、ほっといても大丈夫だろう。
店主は、みぃちゃんを美人だなんだと持ち上げながら、野菜を袋に詰めて、みぃちゃんに手渡す。
それを手に持ちとてとてと、僕のほうにやってくる。
「お待たせしました。
聞いてください。
本当にキャベツを安くしてもらえたんですが、いくらだと思います?」
「さ、さぁ?」
「3つで、5円です。」
サービスしすぎだろう。
いくらなんでも原価割れどころじゃねぇだろう。
商売成り立たないぞ。
「きっと、私が美人だからです」
それは言ってはいけません!!
自覚する程度ならともかく、けして口に言っちゃ駄目だよ弓端さん!!
「あれ?つっこまないんですね」
どうやら、みぃちゃん流ジョークだったらしい。
しかし、この場合、本当の美人が言うのだからジョークにしては劣悪な部類だろう。
「あ、すいません。そこのお魚いくらですか?」
魚屋に差し掛かったところで、みぃちゃんが立ち止まり、鰆を指さして言った。
?ん?あれ?
みぃちゃんが普通に、話してる。
というか普通に、声をかけている。
初対面の人に。
いや、まてまて。
初対面とは限らない。
そもそも、商店街すべての店主と初対面などあり得ない話だ。
きっと、ここはみぃちゃんのよく知るお店なのだろう。
さて、僕のそのような疑問は、さておき次々と買い物をしていくみぃちゃん。
あぁ、なんていうか。こっちが普通のみぃちゃんなわけだ。
うまく説明はできないけど、僕の目の前に現れた時は、人形のような印象だった。
けれど、今の弓端さんは、あの時よりまだ幾分か人間らしい。
相変わらず無表情のままだが、
それを除けば、あのとき感じた印象がうそのようだ。
「お待たせしました。買い物も終わりましたし、帰りましょう。」
「ん、ああ」
僕は、そう答えると、なんとなくみぃちゃんを目で追っていたことにようやく気がついた。
あわてて、目をそらすと、目の前のお店でみぃちゃんが買ってきた食パンを代わりに持った。
と、その時・・・
電柱の陰に明らかにこちらを見ている瞳があった。
睨んでいる。
にらみ続けている。
そこには明確な悪意がある。
それには明確な殺意がはらんでいる。
帽子を深めにかぶっているため、それが男か女かさえ分からないが、五感が告げる。
あれは危険だ。
近寄ってはならない。
だが、・・・もしかしなくともあいつが・
目を閉じる。
もう一度開く。
いない。
・・・・いない。
僕は左右に瞳を動かす。
やはり・・・・・・・・・・・・。
「どうかしましたか?」
こちらの顔を覗き込むみぃちゃん。
なんでもない・・・と、そういいそうになって止めた。
そんな嘘、すぐにばれる。
だからこそ、無言に徹した。
もうすぐ、日が落ちようとしている。
帰って料理の支度をすれば、8時前には晩御飯にありつけるだろう。
さて、デザートは出るんだろうか?