以前無配で配ったSSです。
1月25日がホットケーキの日らしいので、今更載せてみました↓
【魔女の夢と彼女願い】
『ホットケーキが食べたい』
「……は?」
朝、携帯が鳴った。着信画面は魔女の名前。舌打ちしつつ出れば挨拶も何もなく、突然その言葉。彼女は私が聞き取れてないと思ったのか再度『ホットケーキだ』と繰り返す。
『食べたくなったから今から作りに来い。言っておくが平べったいパンケーキではなく、ホットケーキミックスのパッケージにも載っているような、しっかり厚みのあるホットケーキだ』
「嫌よ、お断り。というか今から学校が……」
『焼き立てホカホカホットケーキが三十分後には私の目の前にあるようにしろ。ああ、飲み物はミルクティーでよろしく。茶葉は任せる』
「ちょっと、人の話を」
「因みに来ない、もしくは時間内にできなかった場合、今月分の給料はないと思え」
「なっ!?」
ちょっと待って、と言おうとしたけれども、その前に電話が切れる。
だから何か挨拶しろって。
「って、そんなこと言ってる場合じゃない!」
急いで学校の鞄を手に取って、部屋を出る。この家から彼女の住居兼仕事場まで自転車で20分はかかる。
今月の給料は諦めた方が良いかもしれないと私は溜息を吐いた。
◇◇◇
「うんうん、このふっくら感に厚み。ホットケーキはやはりこの位ないとな」
腰まである長い黒髪をゴムで一纏めにしながら魔女は言った。
彼女の前に置いた三段に重ねたホットケーキ。溶けかかったバターにメープルシロップをたっぷりかけている。その横にはミルクティーが入った白いカップを置いている。彼女の満足そうな言葉を聞きながら、私は肩で息をしながらテーブルに突っ伏していた。
よく間に合ったと自分を褒めたい。
息を整えつつ、目の前にいる魔女を見る。彼女は鼻歌を歌いながらホットケーキにナイフを入れていた。ケーキのように三角形に切って、フォークで刺して口に運ぶ。
「うん。美味い。フカフカと柔らかくて、染み込んだバターが更に良い味を出している」
彼女はナイフとフォークをいったん置くとミルクティーを飲んで一息。
「日曜日にやっている魚介類の名前の一家のアニメを観ていたらこの位の厚みを食べたくなるんだよな。しかし現実に作れるものなんだなこれ。凄いな君は」
カップを置いた魔女はまたホットケーキを一口食べる。
って、こら、作れないかもしれない物を要求したのかこの魔女は。
「コツがあるのよ。色々と」
「なるほど。あのアニメの主人公はいつもそんなコツがいることを毎日毎日弟妹息子のためにやっていたのか……健気だな」
「毎日ホットケーキって、どういう一家なの、そこ?」
カチャッと、音が鳴る。魔女が持っていたフォークを皿の上に落としていた。
「ちょ、何やって」
「……君、まさかあのアニメを観たことがないのか?」
魔女が呆然とした目でこっちを見てくる。黒い瞳が何度も瞬きを繰り返す。
「ないけど?」
「えぇ!?」
魔女には珍しく、驚いた声を出す。それも結構大きな声。信じられないといった風にこっちを見る。
「あのアニメを観たことがないのか!? 日本人なら観ていて当たり前だろ! この非国民が!!」
「アニメ見てないだけで非国民呼ばわり!? というか、アンタにそんなこと言われる筋合いないから!」
「何を言う? 私は立派な日本人だ。未来から来た青い猫型のロボットのアニメも観ている、れっきとした日本国民だ」
「……日本人なのは身体だけでしょうが」
息を吐いてから、自分用に入れたミルクティーを飲む。
「中身は違うくせに……この魔女が」
「魔女じゃなくて魔術師だと言ったろ? 何度言えば覚えるんだ?」
やれやれと、大袈裟に首を振る彼女。
「……アンタなんか魔女で充分だ」
少しカップを乱暴に置きながら目の前の女を睨みつける。
彼女曰く、彼女は魔術師。魔術と呼ばれる超自然的な力を使える存在。
信じられない話かもしれないが、何百年もこの世を生きているらしい。
転生術という、魂だけを他の人間の身体に宿す術を使って色んな人間の身体に乗り移ってきたそうだ。本来その身体にいる魂を抜き取って、潰して、幾人もの身体と人生を奪って来た魔女。
私もそんなもの信じる人間じゃない。でも、初めて会ったときにその術を見せられてしまった。
そして奪われてしまった。私が尊敬する大好きな人を、目の前で――。
あの時のことを思い出す度に、怒りで我を忘れそうになる。この魔女を殺したくなる。その身体にナイフを突き立てたくなる。
でもできない。だって、その身体はあの人の物だから。もう帰ることはない、会えない人だけれども。あの人への想いが、それを拒む。
「朝から殺意を向けられるとはね」
魔女はニヤニヤと笑う。
「まあ安心するといい。その内、そんな感情も消えてしまうからな。いや、そもそも君自身がこの世から消えるのだから」
「……まだ、私を狙ってるの?」
「当たり前だろ。君の身体は私の理想にドンピシャだ。背は高過ぎず低すぎず、胸はFカップ、要らない所に肉なんて付いてない健康な身体。おまけに顔は可愛い」
「さらりと人の個人情報ばらすな」
ついでに、舌なめずりしながら人の身体を見ないで欲しい。
「そして何より、魔術師にとってはとても貴重な身体だ。是非とも手に入れたい」
「……お断り。この身体は私のもの。誰にもあげない。特にアンタには絶対にやらない」
「やれやれ、嫌われたものだな」
「当たり前でしょ」
しかも、この女が他人の身体を奪い続ける理由を聞けば尚更この女が憎くなる。
「……あんなくだらない理由」
吐き捨てるように言えば魔女が「失礼な」とムスッとした顔になる。
「人の夢を、くだらないの一言で片付けるのは止めてくれないか?」
「実際くだらないでしょ」
それを口にするのも苛立つ。
「世界中の食べ物を食べつくすとか」
「正しくは、世界中の美味い物を食べつくすだ」
何故か胸を張ってそんなことを言う彼女。
「フフ。人が生み出したモノで褒められる数少ない内の一つが料理。それは組み合わせによって無限の可能性を秘めている。
年々、各地で新しい名物が生まれていく。それらを食せず死ぬなんて私にはできない!
世界が終わるその時まで食べるために私は生きると決めているんだ!
君のその身体を手にして、今後も美味しい物を食べ続けるのだ!」
ああ、本当にくだらない。これを聞かされる度に、余計に怒りを覚える。
そんなことのために、何人もの人が犠牲になった。人生を奪われた。
あの人がこの世からいなくなってしまった。
この魔女だけは絶対に許さない。
「……絶対に、渡さない。その前にアンタを殺してやる」
「フフ。できるかな? この身体を傷付けずに殺すなんて」
目を細め、口元をあげる魔女。こいつは知っている。私がその身体を傷付けることができないことを。だからこんな余裕でいられる。
「やってみせる」
私がこいつの元でこいつの世話をするなんて不本意な仕事をしているのは、いつでも殺せるように近くにいるために。
「それはそれは、楽しみだ」
ニヤニヤと彼女は笑う。あの人なら絶対にしない笑みを、あの人の顔に浮かべて。
ああ、早く殺したい。これ以上あの人がするはずがない表情を見せないで欲しい。
「ところで、そろそろ学校に向かわないと間に合わないんじゃないか?」
時計を見ると、確かにもういい時間だった。
自分用に焼いたホットケーキを一枚口の中に詰め込んで少しぬるくなったミルクティーで流し込む。
「残りはあげる。皿は洗っとくか、嫌なら水に浸けておいて」
「ああ、了解だ」
「それじゃあ」
エプロンを脱いで、椅子に掛ける。鞄を持ってドアへと向かった。
「ああ、そうだ。アンナ」
「……何?」
さっさとこの場から去りたい。首だけ振り返って魔女を見る。
「この分はちゃんと給料に加えておくから安心しろ」
「……当然でしょ」
はあ、と溜息を吐いて今度こそドアを開ける。
「いってらっしゃい、アンナ」
「……っ」
背中で受けたのは魔女の声。でもそれはあの人の声でもあって、その優しい声音はあの人のもの。思わず身体ごと振り返ってしまう。さっきまでとは違う笑顔。あの人がよく見せてくれた、大好きな笑顔。
でも、今目の前にいるのは魔女だ。あの人じゃない。それなのにドキッとしてしまった。
同時に、頭に血が上る。
「……っ! 死ね、魔女が!!」
私は思いっ切りドアを開けて、勢いよく閉めた。
絶対に殺してやる。絶対にあの人の仇を取る。あの人の身体を取り戻す。
「……っ」
熱くなる目頭。制服の袖で目を拭って、私は学校へと向かった。
終わり
