久しぶりにブログを書く。
私には、カメラアイという特殊能力がある。
記憶の仕方は見たまま、風景も感情も音や匂いも、そのままを記憶する。
この能力は、著名人だと作家の三島由紀夫、谷崎潤一郎、画家の山下清、今生きている人だと霜降り明星のせいや氏、も持つが、3万人に1人くらいの割合で発現するものらしい。
ゆえに、未解明な部分も多々あるんだとか。
瞬間記憶能力とか、映像記憶とか、言われることもあるが、程度は人によるし、私は地図なんかは何度見ても覚えられないから、この能力がどこまで適用できるのかは、本当に個人差がある。
カメラアイは視覚優位の能力で、確かに私自身も視覚優位である。
そのことは障害の自己理解を深める中で気付いたことだが、視覚優位だとすると説明のつかないことがあったことにも気付いた。
実は私は、高校生まで宿題を一切しない学生であった。
授業中はノートの端に小説を書くような、模範的ではないという意味で不良生徒だったわけだが、学校の成績は悪くはなかった。
思い返すと、小説を書きながらではあるが、授業は聞いていた。板書はしなかった方だ。
こう言っては何だが、高校生のあたりまでのテストなんてのは授業でやった範囲しか問題に出さないし、授業の内容が頭に残っていれば解けるものだ。無論、一般的にはその記憶に留めることが難しいから、書いたりして強固に記憶に定着させようとするわけだが。
おかしいと思ったのは、耳からの情報だけでも十分に記憶できていたことだ。
自分で言うのもどうかとは思うが、私は博識な方であるらしい。いつ、どこで覚えたかすら分からないことも、記憶してしまっているのだ。
カメラアイの持ち主は、ひょっとして本人の中では視覚優位か聴覚優位か、どちらかに寄ってはいるのだろうが、そもそも見て記憶することも聞いて記憶することも、一般人のそれとは比べ物にならないものがあるのではないか。
私で言うなら、授業を聞くことに集中していたわけではなく、あくまで小説を書く傍らで聞こえていた授業が勝手に記憶されていたのだが、これは当時、他の生徒からの恨みを買うほどであった。授業を真面目に聞かず、宿題もせず、それでいて成績は悪くなかった。偏差値は60くらいだったが、授業を正しく受けて宿題もしていた生徒より成績がよかったので、そら恨みも買って当然なエピソードなわけだが、「俺すげぇ」という話ではなくて、カメラアイだとすると、聞いて記憶する方も人並み外れていることの説明がつかないのだ。
しかも興味があることだけを記憶するのではなく、興味がないこと以外は大体頭に入ってくる。
目で見たものをそのまま記憶するカメラアイのことはいくらかネットでも記事がヒットするが、聞いて記憶する方の能力についてはあまり見聞きしたことがない。ただ、カメラアイの人は、聞いて記憶する方の能力も人並外れているのではないか。そう思った次第である。