平曲研究所のブログ

平曲研究所のブログ

平家琵琶(平曲)に関するブログです。
2014年以前の記事は、ぷららブローチのブログに加筆修正したものです。

私は修論で、絵巻や屏風絵に描かれた琵琶法師を、主に服飾史の視点から研究しました。

昭和期の日本文学や音楽史の概説書では、当道座の下級の盲人の絵姿が掲載されることが多く、

「平家琵琶を語る盲人は全て身分が低い」という印象がありました。

しかし私が平家琵琶を習い進めていくうちに、

平曲を次世代に伝承した盲人も、平家物語を教養として学んでいた人々も、

かなり身分の高い人だったはず、と思うようになりました。

そこで、描かれた琵琶法師像を、当道座の服飾制度を基準に検証したのです。

 

本日は、岩佐又兵衛(またはその流れを組む絵師)が描いた琵琶法師について、

5例、紹介いたします。

見出しに使う3ケタの数字は、修論のときに用いた通し番号です。

 

■(025)  舟木本洛中洛外図、左隻二扇

東京国立博物館蔵。

画像は『洛中洛外図大観』小学館(1987年)より。 

 

盲人の座組織「当道座」の役所である「職屋敷(しきやしき)」でしょうか。

「けんきやう(検校:けんぎょう:盲人最高位)」の文字もあります。

黒い「素絹」を着た検校が三名描かれており、一名は琵琶を弾き、平曲を語っているようです。

残り二名は聴いているように思われます。

夏の衣装のため検校の帽子は省略したのでしょう。

画像

 

■(032) 邸内遊楽図(春秋遊楽図) 

大阪市立美術館蔵品のようです。

画像は『日本屏風絵集成』講談社より。

 

三味線を持つ主人と、黒い琵琶箱を背負った従者が、桜の下の宴席で舞い踊っています。

従者も盲人です。琵琶箱が大きく見えるので、年齢がとても若いのだと思われます。

紐は「×」の形にかけています。

画像

 

■(036) 桜下舞踊

画像は『日本屏風絵集成別巻』講談社より。

大正時代の競売会の目録に又兵衛作の絵として載ったものが、小さく白黒で掲載されていました。

 

詳細不明ながら、 躍動感たっぷりに舞い踊る女性たちと、 

黒い琵琶箱を担いだ琵琶法師が描かれています。 

紐を背中で「×」の形にかけていたのが、踊っているうちにズレたのでしょうか。

琵琶法師の衣装の数か所に「菊綴(きくとじ)」が確認できます。

画像

広島の古美術高田屋様の方のブログに、 「桜下舞踊」と類似した絵が紹介されています。

ホームページには拡大画像も載せておられます。

https://takataya.wixsite.com/takataya

赤い菊綴(きくとじ:縫い目の補強と目印を兼ねている)の質感や、

琵琶法師の楽しそうで嬉しそうな表情に、目を奪われます。

 

■(037) 和漢風俗図

 画像は『日本美術絵画全集』集英社(1980年)より。 

又兵衛が描いた六曲屏風の内の一雙とのこと。

 

右から、琵琶箱を背負う「初心」階級の盲人、

頭巾と黒い素絹の「二度以上の勾当」階級の盲人、

三味線らしきを持つ「一度の勾当」階級の盲人。

左の女性は「比丘尼」でしょうか。

琵琶箱の紐は、両肩にリュックのように2本、

それと交差するように胴に垂直に1本、「キ」の字に掛かっています。

画像

 

■(043) 公家武家遊楽図(桜下乱舞)

洛東遺芳館蔵。 

画像は『近世風俗図譜』小学館より。 

 

赤菊綴つきの浅葱色の直垂袴に琵琶箱を背負い、

扇をかざし、杖を草履に通して乱舞する「打掛」階級の盲人。

又兵衛の粉本をもとに描いたように思われます。

紐は、背中で「×」の字になっています。

現実には、琵琶の糸巻部分が大きくせり出すので、琵琶箱と頭がぶつかりそうです。

画像

 

■参考■

平家琵琶(楽器)は首から胴の部分は薄いのですが、転手(糸巻)部分が「曲頸」のため、

長く保管する場合は図のように収めます。

中箱または外箱の蓋には、楽器の作者や由来や所有者について記されていることもあります。

 

岩佐又兵衛は、黒漆の中箱に収めた琵琶を描いたと考えて良いでしょう。

また江戸時代には、平家琵琶を持ち歩く時に、

中箱に収めて紐で身体に括りつけいた事例があったと考えて良く、

その括り付け方は「×」や「キ」の形があったと言えるでしょう。

画像

 

本日は以上です。

アラ琵琶ンナイト。

 

ひとつ前の投稿で、

平経正は琵琶(楽琵琶)を弾くと白龍が現れたけれど、

私が平家琵琶を弾くと「蚊」が現れる話を書きました。

 

もうちょっと、恐ろし気なモノが現れた経験があります。

 

平家琵琶は、おそらくは室内楽を前提として発展してきました。

奉納行事や、花見の宴席など、野外で演奏する場合は、

そういった場で語ることがゆるされている、

限られた句の限られた部分を語ったようです。

 

私も、原則として屋内での演奏のみお引き受けしておりますが、

あるとき神社の奉納行事で、

野外に作られた仮設の神楽殿で語る機会が訪れました。

皆さんが「扇の的」としてご存じの、

平家物語巻之十一「那須与一」を後半を語ることにしました。

 

四国の屋島での源平合戦で、

沖の平家軍の船が掲げた扇を、

陸の源氏軍の弓の名手・那須与一が射る場面です。

 

馬に乗った与一が、風が強く波が高くヒラヒラゆらめく扇の的に向かいます。

源平両軍が与一を見つめ、緊張感が高まります。

 

そのとき。

私の正面から何かが近づいてきたのです。

「龍」ではありません」

「蚊」でもありません。

「毛虫」です!

アメリカシロヒトリです。

毒虫ではありませんが、あまり近寄ってほしくはありません。

でも語りを中断するわけにもいきません。

緊張感が高まります。

 

与一は目を閉じて祈ります。

「南無八幡大菩薩……」

私も祈ります(譜を見て語るので目は閉じられませんが)。

 

与一は続けます

「願わくは、あの扇の真ん中射て賜せ給え」

私も祈ります。

願わくば、あの毛虫がこれ以上近寄りませんように。

 

与一が祈り終えて目を開くと、風が凪ぎ、すかさず矢を放ち的を射抜きます。

私は…もう毛虫を見ずに、譜本だけを見て、与一のことを語ります。

 

与一と同じ緊張感を維持したまま、無事に語り終えました。

さて。

あのスピードなら、毛虫は私の少し後ろにいる、

はずなのですが。

 

いない。

 

袴の隙間に潜ってしまったかもしれません。

でも何食わぬ顔をして、神楽殿を去らなければなりません。

袴の隙間にいるかもしれない毛虫が落ちてしまわないように、

毛虫が落ちたとして、それを踏まないように、

平静を装ってソロリソロリと神楽殿を降りました。

 

控室に戻り、袴をそぅっと脱ぎ、襞を1枚1枚点検します。

でも、毛虫はいませんでした。

 

与一の祈りで風が凪いだように、

私の祈りで毛虫は進路を変更してくれたのでしょうか。

アラ琵琶ンナイト。

平家物語巻之七「竹生島詣(ちくぶしまもうで)」には、

楽琵琶の名手・平経正(つねまさ)が竹生島に立ち寄った際、

楽琵琶を弾くと白龍が現れた、というエピソードがあります。

 

経正は、笛の名手・平敦盛(あつもり)の兄です。

管絃にも秀でていたからこそ、龍も感嘆して姿を現したのです。

 

さて私はというと、

残念ながら、「龍」が姿を現すような経験は無いのですが、

夏~秋にかけて、平家琵琶を弾いている最中に

「蚊」が姿を現すことは、しばしば経験しております。

 

平家琵琶は、平家物語を淡々と語り進めるときに、

次の節回しを予告する短い前奏や、

節回しの音程を確認するための単音や和音を弾きます。

短い前奏は、5秒~30秒くらい。

音程確認は「テン」とか「ツン」とか「ジャン」だけです。

 

平家物語の一部始終を199句にわけて語るのですが、

短い句は数分、長い句は2時間くらいかかるものもあり、

平均すると1句あたり約30分です。

つまり、1句語る30分のうち、琵琶を弾くのは5分あるかないか。

あとは、語っている間ずっと、琵琶は構えたままです。

晴眼者は譜をみて語るので、

撥を持っている右手は、時折譜をめくるために動かしますが、

左手は琵琶の「鶴首」の部分を支えたまま静止しています。

そこに「蚊」がやってくるのです。

 

稽古の最中なら対処できますが、

演奏会の最中は、語りを中断して殺生するわけにも行かず、

「ああ、きょうも龍ではなく蚊が現れてしまった。」

「ああ、左手にたかった」

「刺された…かゆい」

(チラリと左手を確認)

「ああ、蚊がみるみる赤く太っていく…」

「かゆい……。」

「かゆいぃぃぃぃ」

「か゛、ゆ゛、い゛~~~~」

と悶々としながら、語ることになります。

 

そういえば平家物語巻之五「文覚強行(もんがくあらぎょう)」では、

文覚が「毒虫に刺されて耐える修行」をした話が出てきます。
 

夏~秋の演奏会は、修行それも荒行が予告なく始まるのです。