無気力20代の平凡な日常

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ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー 

 

2025年2月16日~2026年2月8日 

スーパー戦隊シリーズ 第49作(最終作)

全49話+劇場版1作

 

 

最終作になったゴジュウジャー、総合的な感想を書いていきます。。

苦手な点から取り上げていくので、苦手な方はブラウザバック推奨。。

 

 

 

1.戦隊感は薄目。

 

ゴジュウジャーの6人は、敵のブライダンが現れれば共闘しますが、本質的には指輪争奪戦のライバル同士です。

これまでの作品以上に、「仲の良い戦隊の仲間同士」と言った感覚は薄かったかなと。。

ただ、9話の「絆はなくても貸しならある」だったり、34話の具島戦や、最終話近くなってからの吠の変化などいい面も見られたので、難しいところですね。。

 

 

2.割とぶつ切り。

吠を除く5人は、それぞれ「アイドルに復帰する(≒恩人についての真相を探る)」

「テガソード様の教えを広める」

「パリピになる」

「妹を目覚めさせる(≒灰色の目の男を探す)」

「テガソードを超える神になる」

といった願いを持っています。

 

5人が指輪争奪戦に賭ける願いが、ほぼそれぞれの個人回だけで消化されてしまったのは残念でしたね。。(そして伏線や前振りは少なめ)

中盤で陸王と角乃の願いを接続した(竜儀も実家関係で少々関係)ところで努力の跡は感じましたが。。ここは諸々の騒動がなくても変わらなかったと思います。

 

 

3.テガソードとユニバース大戦

(多分)ブンブンジャーまでの戦隊が存在している世界がある(世界A)、熊手の代のゴジュウジャーがA世界の戦隊の力を込めた、指輪の争奪戦を行う(世界B)→ユニバース大戦でB世界のために、A世界の戦隊たちがロボを顕現させる→テガソードは力を失いロボの墓場へ封印→現代、吠の世界(C)で指輪争奪戦再開

 

の流れのようですが、ちょっと時系列的に理解が難しいところがあったかなと。。

(熊手が指輪争奪戦をやっていた世界は平成時代だが、オリジナル戦隊の世界はその時点でブンブンジャーまで存在する令和になっていて、さらに吠の世界は現代でようやく令和7~8年、みたいに世界同士でもズレがある)

 

45話で「オリジナルの戦隊は健在」と言われたときは、「ロボの墓場のロボたちは本物じゃないのか(本当の戦隊がもういないといった残酷さはないが、特別感もない)」といった、何とも言えない気持ちが。。

 

テガソードも、どんな小さな願いの持ち主でも指輪の戦士に選んでくれる、と言えば平等ですが、同時に「ゴジュウジャーのための神様」という感じはしなかったかなと。。

 

 

 

4.ナンバーワンバトル

「女王テガジューンの乗り手を決めるために、アーイーやノーワンたちが仕掛ける戦いで、ゴジュウジャー達は乗り手選定を阻止するために乗っかる必要がある」

…ですが、説明がされるまでは「ノーワン倒さない(人質助けない)の?」とよく突っ込まれていた気がします。。

逆に言うと、戦いと関係ない9話の執事対決(吠VSファイヤキャンドル)や、30話でゴジュウレオンがルールを無視して人質を救助しようとしたら弾かれた、などのシーンはよかったと思いますが。。

 

これに加えて、(特に序盤)ゴジュウジャー達はユニバース戦士と指輪争奪戦も行うので、話のポイントが散らかっている、と感じることがありましたね。。

女王の出自に関わるモノづくりノーワンも、乗り手になって食われてからはフェードアウトしてしまいまいした。。

 

 

ここからは良かったと思うキャラを。。

 

1.吠

小さいときからノーワン世界に攫われて願いがなく、テガソードやゴジュウジャーの仲間、指輪の戦士たちと出会って願いを見つけるまでに成長していく…といった王道寄り主人公だったと思います。。

気持ち悪いお兄ちゃんことクオン=ガリュードとの確執→和解や、最後にフランクフルトを願いで出した (しょうもなくても、自分の願いを持った)のも評価点かな。。

 

 

2.禽次郎 (譲二)

87歳の爺ちゃんが、願いの力で若返りパリピを目指す…ここだけ聞くとトンチキですが、若者視点と年長者視点、両方をいい所どりした美味しいグリーンだったなと。。

他が癖強い中で、「人々を守るためにゴジュウジャーをやる」と明言していたのもよかったなと。。

 

3.熊手

先代ゴジュウウルフで、守銭奴ですが絶対に人を見捨てない、吠にないヒーロー気質を補ってくれた人かなと。。

最終話手前で、厄災を道連れにしたシーンは名場面だと思います。。

あとはグーデバーンの扱いに困ってそうだった(ベアックマに統一したらダメなの?)というところさえなければ。。

 

 

4.ファイヤキャンドル、ブーケ

 

ブライダンの顔出し幹部お二人ですね。。

ファイヤキャンドル隊長は部下想い、吠と戦いたがる戦闘狂で、王道ですが近年はいなかったタイプのキャラかと。。

 

ブーケは味方のブライダンへの慈悲だけでなく、1話で人間のはずの吠に忠告したり、陸王と出会って変わっていくのも面白いキャラでした。。

 

そしてどちらも、敵である(時に人間に対して冷徹な面も見せる)ことは外しませんでしたね。。

 

 

 

短いけどこんなところかな。。

 

「葛藤も矛盾も、厄災も不条理も、きっといつかは、乗り越えてみせるから」というように、関係者の皆さんは1年、想像もしていなかったような事態に直面しながらも、よく最後まで走り切ったと思います。。

ただ、(Pが10話前後で最終作と聞かされたとはいえ)最後は王道戦隊を見たかった、と思わないかというとそうでもなく。。

努力作ではあるけど、平均点には届かなかった、そんな印象です。。

 

 

そしてスーパー戦隊もこれで一度区切り。。

筆者は感想書いて10年ぐらいですが、書き始めてから「これだ!」という作品は、実はないように思えて。。

シリーズが終わりに近づいて、「戦隊とは」という概念が段々、作り手と受け手の間でズレていってしまったのかと。。

(あと筆者自身、実は戦隊シリーズを見るのに向いてなかったかも、と感じることは多々)

 

 

最後は取り留めのない文になってしまいましたが。。

前にも書いた通り、ギャバンシリーズは感想は書かないかな。。

あとは残ってる劇場版を数本(ゴジュウVSブンブン込み)見て、そっからブログはどうするか考えようかと。。w

(消すことはないけど、定期更新はほぼ終了。。か?)

 

 

ゴジュウジャーの1年、そして戦隊シリーズの50年、本当にお疲れ様でした。。