【指揮権密約】機密解除された公電。 | 平庵のひとふたみ 其の参

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日本が渡してしまった「ヤバすぎる特権」…なんとアメリカ軍にとって、日本は「国境が存在しない国」だった!

 日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めている。

 そうした「ウラの掟」のほとんどは、アメリカ政府そのものと日本とのあいだではなく、じつは米軍と日本のエリート官僚とのあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としている。  『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』では、最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」を参照しながら、日米合同委員会の実態に迫り、日本の権力構造を徹底解明する。 *本記事は矢部 宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)から抜粋・再編集したものです。

研究の成果をひとことでまとめると

 ここまで見てきた、「戦後日本」という国のあまりにもおかしな現実。約7年間、多くの研究者のみなさんといっしょに、その謎を解くための研究をつづけてきました。  いったいなぜ、日本はここまでおかしなことになっているのか。そしてその背後には、どのような歴史の闇が隠されているのか……。  この間に、私が書いたり企画編集した本を刊行順に並べると、次のようになります。  『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること』(矢部宏治 書籍情報社) 『戦後史の正体』(孫崎享 創元社) 『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛編著 矢部宏治共著 創元社) 『検証・法治国家崩壊』(吉田敏浩・新原昭治・末浪靖司共著 創元社) 『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル) 『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』(矢部宏治 小学館) 『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル) 『「日米合同委員会」の研究』(吉田敏浩 創元社)  これら8冊のすべてのエッセンスを凝縮させるかたちで、いまこの本を書いているのですが、もし誰かに、  「それらの研究の成果をひとことでまとめると、どうなりますか」  と聞かれたら、私は次のように答えます。  「旧安保条約の第1条を読んでください。そこにすべてが書かれています」

「条文」を読むおもしろさ

 条文というのは読みなれていないと、かなりとっつきにくく、文中にひとつ入っているだけでも、  「うわっ、ちょっと読む気がしないな」  と思ってしまう方が多いかもしれません。  しかし、少し読み慣れてくると、それはとてもおもしろいものです。  その魅力はなんといっても、たったひとつの条文だけで、ものすごく大きな現象をスパッと明快に説明できてしまうところにあります。  あるいはそれは、数式のもつおもしろさに似ているのかもしれません。  本書の第1章と第2章では、それぞれの章の最後で、私たちが知らないうちに結ばれていた、左のようなとんでもない法律や密約についてご説明しました。  ○ 米軍による日本の空の支配を正当化する「航空法の適用除外条項」(第一章) ○ 米軍の日本全土における治外法権を正当化する「日米合同委員会での密約」 (第二章)  みなさんもおそらくその内容に憤慨しながらも、これまで不可解に思われていたさまざまな現実が、すっきりと整理できることに驚かれたのではないかと思います。  そうした日米間に存在する無数の「数式」(=隠された法的取り決め)のおおもとこそ、この「旧安保条約・第1条」なのです。

「旧安保条約・第1条」

 では、問題のその条文を見てみましょう。旧安保条約の第1条には次のように書かれています。  「平和条約および安保条約の効力が発生すると同時に、米軍を日本国内およびその周辺に配備する権利を、日本は認め、アメリカは受け入れる」(前半部 英文からの著者訳)  日本が独立を回復するにあたって結ばれた平和条約(=サンフランシスコ講和条約)と旧安保条約は、どちらも1951年9月に調印され、翌1952年4月に発効しました。  そのときから日本はアメリカに対して、非常に大きな軍事上の特権を与えることになったわけですが、ここで注目していただきたいのは、日本が旧安保条約のなかの、もっとも重要な「第1条」で認めたその特権とは、アメリカが米軍を、  「日本国内およびその周辺に」 「配備する権利」  だったということです。

米軍を「配備する権利」

 それはいったい、どういう意味なのか。まず「配備する権利」の方から見てみましょう。  この条約で日本が認めたのは、アメリカが日本に「基地を置く権利」ではなく、「米軍を配備する権利」だと書かれています。  しかし、これは普通の条約では、絶対ありえないはずの言葉なのです。  私たち日本人はそのあたりの感覚がほとんど麻痺してしまっているのですが、世界の常識からいえば、そもそも自国のなかに外国軍が駐留しているということ自体が完全に異常な状態であって、本来ならそれだけでもう独立国とはいえません。  万一やむをえず駐留させるときでも、ギリギリまで外国軍の権利を条文でしばっておかなければ、国家としての主権が侵害されかねない。そうした非常に危険な状態だということを、そもそもよく認識しておく必要があります。  そのことは、第二次大戦以前はアメリカの本当の植民地だったフィリピンが、戦後、アメリカとどのような取り決めにもとづいて基地を提供していたかを見れば、すぐにわかるのです。  1947年に結ばれた「米比軍事基地協定」(1991年に失効)には、米軍がフィリピン国内に基地を置いていいのは次の23ヵ所であると、その場所がすべて具体的に明記されているからです。  ところが日本の場合は、特定の場所を基地として提供する取り決めではなく、どこにでも米軍を「配備」できることになっている。これを「全土基地方式」といいます。  いま初めてこの言葉を聞いた方は信じられないかもしれませんが、これはすでに沖縄を中心とした長い研究の積み重ねによって証明されている、紛れもない事実なのです。

三重構造の「安保法体系」

 「はじめに」にも書いたとおり、米軍は日本の国土をどこでも基地にしたいと要求することができます。そして日本はその要求を事実上、断れない。  そうした現状をもたらす根拠となったのが、旧安保条約時代のこの第1条なのです。  さらにはこの「軍を配備できる」という言葉には、「どこにでも基地を置くことができる」という以上の意味があって、その基地を拠点に自由に軍事行動(戦争や軍事演習)を行うことができるという意味も含んでいるのです。  この旧安保条約・第1条を根拠として、米軍が日本の国土のなかで、日本の憲法も国内法も無視して、  「自由にどこにでも基地を置き」 「自由に軍事行動をおこなう」  ことを可能にする法的なしくみが、つくられることになりました。  それが次ページの、  「旧安保条約」⇨「行政協定」⇨「日米合同委員会」  という三重構造をもつ、「安保法体系」だったのです(「行政協定」とは「旧安保条約」の下で米軍が、日本国内で持つ特権について定めた協定。1952年4月の占領終結とともに発効し、1960年の安保改定で「地位協定」に変更された)。

国境がない国、日本

 さらに「旧安保条約・第1条」に書かれたもうひとつの重要なポイントは、そうしてアメリカが米軍を「配備する」ことを許された場所が、  「日本国内およびその周辺(in and about Japan)」  だったということです。  私も最初にこの条文を読んだときは、  「その周辺っていっても、国外のことまで日本が決める権利はないはずだけどな」  と不思議に思っていたのですが、第1章で見た「横田空域」について調べていくうちに、その本当の意味がわかりました。  たとえば日本の首都圏には、横田、座間、厚木、横須賀と、沖縄なみの巨大な米軍基地が、首都東京を取り囲むように四つも存在しています。  そしてそれらの基地の上空は、太平洋の洋上から「横田空域」によってすべて覆われています。  ですから米軍とその関係者は、日本政府からいっさいチェックを受けることなく、いつでも首都圏の米軍基地に降り立つことができるのです。  しかも到着後、米軍基地からフェンスの外に出て日本に「入国」するときも、日本側のチェックは一切ありません。なので、たとえば横田基地に到着した米軍関係者が軍用ヘリを使えば、東京のど真ん中にある六本木の軍事ヘリポートまで、わずか二十数分で飛んでいくことができるのです。  つまり米軍やその関係者にとって、日本は「国境が存在しない国」ということなのです。そして「旧安保条約・第1条」に書かれた「米軍を日本国内およびその周辺に配備する権利」とは、米軍が「日本の国境を越えて自由に軍事行動できる権利」という意味だったのです! 

憲法9条が見逃しているもの

 それがどれだけ異常な特権であるかに気づいたのは、2003年に勃発したイラク戦争の後、アメリカとイラクがむすんだ「イラク・アメリカ地位協定」(2008年)の条文を読んでいたときのことでした。  2003年3月にアメリカと開戦したものの、ほとんど戦闘らしい戦闘もないまま、わずか1ヵ月で全土を占領されてしまったイラク。しかしそのイラクが敗戦後のアメリカとの交渉では素晴らしい粘り腰を発揮し、アメリカが提案してきた地位協定の草案に、なんと110ヵ所もの訂正を求めていたのです。  なかでも、もっとも大きな訂正のひとつが、  「イラクに駐留する米軍が、イラクの国境を越えて周辺国を攻撃することを禁じる」  という条文を、新たに加えたことでした。  この条文を読んだとき、まさに目からウロコが落ちるような思いがしたことをいまでもはっきりと覚えています。  「驚いたなあ。イラクはこんな条文をアメリカに認めさせたのか。でも、じゃあどうして憲法9条をもつ日本には、それができなかったんだろう」と。  ほかの国の軍事協定を読んでいるとよくわかるのですが、主権国家にとって「他国の軍隊が自国の国境を越えて移動する権利」というのは、なにより厳重にコントロールしなければならないものなのです。  戦争で一方的にボロ負けしたあと、崩壊した国家のなかでそうした「主権国家としての正論」をアメリカに堂々とぶつけ、しかも了承させたイラクの外交官たちに大きな拍手を送りたいと思います。  しかし同時に私たち日本人は、深く反省もしなければなりません。  こうしたイラクの地位協定を読むと、私自身も以前はあまり抵抗がなかった、  「憲法9条にノーベル平和賞を」  などという耳触りのいい主張が、いかに現実からかけ離れたものであるかが一瞬で理解できるからです。なにしろ、その憲法9条のもとで私たち日本人は、世界一戦争をよくする米軍に対して、  「国内に自由に基地を置く権利」と、 「そこから飛びたって、自由に国境を越えて他国を攻撃する権利」  を両方与えてしまっているのですから。

安保条約に「在日米軍」という概念はない

 

 そしてもうひとつ。  旧安保条約・第1条が米軍に対して、「自由に基地を置く権利」だけでなく、「自由に国境を越えて他国を攻撃する権利」も与えていることがわかると、いわゆる「在日米軍」という存在についても、日本国内から見ているだけではわからないそのダイナミックな本質が浮かび上がってくるのです。

 そもそも意外なことですが、「在日米軍」などという言葉や概念は、安保条約や地位協定のなかには、いっさい存在しないのです。そうした条約や協定の対象となっているのは、あくまで「日本国内にいるあいだの米軍」のことで、それは外務省自身がはっきり認めているのです(「日米地位協定の考え方 増補版」)。  簡単に説明すると、日本がこれまで安保条約や地位協定によって巨大な特権を与え続けてきたのは、  「日本の基地に駐留している米軍」  だけではなく、  「一時的に日本の基地に立ち寄った米軍」や、 「たんに日本の領空や領海を通過中の米軍」  など、すべての米軍に対してだった、ということです。  つまり、日本の防衛に1ミリも関係のない、100パーセント、アメリカの必要性だけで行動している部隊に対しても、それが日本の領土や領空内に「存在」している限り、安保条約や地位協定によって大きな特権があたえられるということです。  その事実だけから考えてみても、日米安保の本質が「日本の防衛」などではなく、あくまでも、米軍による「日本の国土の軍事利用」にあることは明らかでしょう。  さらに連載記事<なぜアメリカ軍は「日本人」だけ軽視するのか…その「衝撃的な理由」>では、コウモリや遺跡よりも日本人を軽視する在日米軍の実態について、詳しく解説します。

 

 

 

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