2013年沖縄冬の旅その7からの続いて、斎場御嶽から沖縄市へ向かう途中に自分で運転する
自動車酔いしたところからです。一人旅で、その夜のホテルまで自力でたどり着くしかないので、
なんとか運転を再開しました。那覇空港自動車道に南風原北インターから入って、沖縄自動車を
通るのが
一番便利でしたが、自動車に入る手前がかなり渋滞していたので、与那原町役場で国道329号線に入り、
一般道を北上し、西原インターでようやく沖縄自動車道に入りました。
すっかり暗くなった頃に当日の宿舎、クラウンホテルに到着しました。
ホテルのフロントで、米軍兵士とばったり
運転している間は、緊張して頭痛と気分の悪さはあまり感じていなかったのですが、ホテルに
着くと、安心したせいか、一気に気分の悪さが戻ってきました。
荷物をかかえて、よろけながらホテルに入っていくと、フロントの前に濃い緑の制服を着た5,6人の米軍兵士が居合わせました。不意をつかれて、びっくりしました。「基地」の街、
沖縄市の現実を見せつけられた気がしました。
この夜は、食事に出かける元気もなく、そのままホテルで朝まで休むことにしました。
クラウンホテル http://crownhotel.jp/
大きな地図で見る
よく朝、気分がよくなったので、朝食後にホテルの近辺を散歩して、あらためて、何故、沖縄に到着したばかりの
米軍兵士が泊まっていたのかが分かりました。
公園と沖縄自動車道の西側には、巨大な米空寓嘉手納基地があり、そのゲートから一番近いホテルが、
このクラウンホテルだったのです。そして、その基地ゲートから伸びる通りが、コザゲート通りでした。
コザゲート通りを歩いていると、米軍関係らしいさまざまな外国人の男女が基地に向けて歩いて行きました。
また通りには英語の看板が目立ち、沖縄市、旧名・コザ市が基地の門前町と言われていたことを
思い出せてくれます。
その後は、米軍基地の規模縮小によって、沖縄市はかなり市街中心部が寂しくなってしまったと聞いていました。
そんな中で、沖縄市は、沖縄伝統芸能とアメリカ文化をミックスしたチャンプルー文化と言われる特色を生かし、音楽とエイサーの街として
新たな活気を取り戻しているとのことです。
18日夜に、へぐ☆巛は、沖縄市のライブハウスをガイド付きツアーで回る
コザの夜はドルで楽しまナイト http://option.okitour.net/search/detail.aspx?plan_id=2753
に参加する予定でした。残念ながら、オキナワン・ロックの息吹を感じるツアーは、最少催行人数が集まらずキャンセルになってしまいました。
その代わりにと紹介されていたのが、沖縄市観光協会がライブハウスと提携して行っている
無料のライブハウス巡りでした。こちらも体調のせいで参加できませんでしたが、多くのライブ
ハウスが毎夜ライブを行って、それを観光の起爆剤としようという姿勢がよく現れています。
沖縄市の音楽振興の拠点となっているのが、コザゲート通りと国道330号線の交差点にある
ミュージックタウン・音市場である。宿泊した2日後の1月20日には、ここでモンゴル800や斉藤和義が出演する福島復興英映画上映・ライブが開催されました。
沖縄チャンプルー博覧会 http://chanpaku.ti-da.net/
また、沖縄市も含めた沖縄本島各地を結んだ地域活性化イベントが、沖縄チャンプルー博覧会と銘打って実施されていました。
散歩中はまだ店が開いていなかったが、市街地の活性化に向けた新たな息吹を感じることが
できました。
<2013年沖縄冬の旅>
その1 その2 その3 その4 その5
その6 その7
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自動車酔いしたところからです。一人旅で、その夜のホテルまで自力でたどり着くしかないので、
なんとか運転を再開しました。那覇空港自動車道に南風原北インターから入って、沖縄自動車を
通るのが
一番便利でしたが、自動車に入る手前がかなり渋滞していたので、与那原町役場で国道329号線に入り、
一般道を北上し、西原インターでようやく沖縄自動車道に入りました。
すっかり暗くなった頃に当日の宿舎、クラウンホテルに到着しました。
ホテルのフロントで、米軍兵士とばったり
運転している間は、緊張して頭痛と気分の悪さはあまり感じていなかったのですが、ホテルに
着くと、安心したせいか、一気に気分の悪さが戻ってきました。
荷物をかかえて、よろけながらホテルに入っていくと、フロントの前に濃い緑の制服を着た5,6人の米軍兵士が居合わせました。不意をつかれて、びっくりしました。「基地」の街、
沖縄市の現実を見せつけられた気がしました。
この夜は、食事に出かける元気もなく、そのままホテルで朝まで休むことにしました。
クラウンホテル http://crownhotel.jp/
大きな地図で見る
よく朝、気分がよくなったので、朝食後にホテルの近辺を散歩して、あらためて、何故、沖縄に到着したばかりの
米軍兵士が泊まっていたのかが分かりました。
公園と沖縄自動車道の西側には、巨大な米空寓嘉手納基地があり、そのゲートから一番近いホテルが、
このクラウンホテルだったのです。そして、その基地ゲートから伸びる通りが、コザゲート通りでした。
コザゲート通りを歩いていると、米軍関係らしいさまざまな外国人の男女が基地に向けて歩いて行きました。
また通りには英語の看板が目立ち、沖縄市、旧名・コザ市が基地の門前町と言われていたことを
思い出せてくれます。
その後は、米軍基地の規模縮小によって、沖縄市はかなり市街中心部が寂しくなってしまったと聞いていました。
そんな中で、沖縄市は、沖縄伝統芸能とアメリカ文化をミックスしたチャンプルー文化と言われる特色を生かし、音楽とエイサーの街として
新たな活気を取り戻しているとのことです。
18日夜に、へぐ☆巛は、沖縄市のライブハウスをガイド付きツアーで回る
コザの夜はドルで楽しまナイト http://option.okitour.net/search/detail.aspx?plan_id=2753
に参加する予定でした。残念ながら、オキナワン・ロックの息吹を感じるツアーは、最少催行人数が集まらずキャンセルになってしまいました。
その代わりにと紹介されていたのが、沖縄市観光協会がライブハウスと提携して行っている
無料のライブハウス巡りでした。こちらも体調のせいで参加できませんでしたが、多くのライブ
ハウスが毎夜ライブを行って、それを観光の起爆剤としようという姿勢がよく現れています。
沖縄市の音楽振興の拠点となっているのが、コザゲート通りと国道330号線の交差点にある
ミュージックタウン・音市場である。宿泊した2日後の1月20日には、ここでモンゴル800や斉藤和義が出演する福島復興英映画上映・ライブが開催されました。
沖縄チャンプルー博覧会 http://chanpaku.ti-da.net/
また、沖縄市も含めた沖縄本島各地を結んだ地域活性化イベントが、沖縄チャンプルー博覧会と銘打って実施されていました。
散歩中はまだ店が開いていなかったが、市街地の活性化に向けた新たな息吹を感じることが
できました。
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