過日、ノンビリとネットを見てると面識のない音楽家のサイトに行き当たりました。
そのある日のページには、「クラシックに興味のない方、普通の方でも、お手軽な料金でお楽しみ頂けます」とコンサートの案内が。
料金は5000円と4000円の2種類。
「なかなか強気の料金設定だなぁ」(笑)という印象の他に、私は「普通の」という表現にひっかかりました。
「普通の」方にとって、この5000円という料金は、果たして「お手軽な」料金だろうか?と。
因みに、他のページを見てみると、どこか異国の南の島でのバカンスや、高そうなワインのお話やら、高級ホテルでのディナーなどのお話などetc.
もちろん、資本主義・自由主義の日本、個人で稼いだ金を何に使おうと他人がとやかく言うことではありません。
う~ん、しかしそれを承知の上でも、この方の仰る「普通」とは何なんだろう?
常々私が思っているのは、やはり音楽家になる人は裕福なご家庭出身の方が多いのではということ。
例えば学費。
国立の芸大は別として、東京の主な私立の音大(桐朋、国立、東京音大、武蔵野)の4年間の学費の平均は840~850万円とのこと。
比較として、国立大学の4年間の学費はおよそ250万円ということですので、単純に言えば、国立大学の3.5倍ほどの学費を私立の音大に通うには要することとなります。
その他に、言うまでもなく楽器、そのメンテナンス、楽譜、衣装、レッスン代、講習会の参加費、音出し可の物件を借りる家賃(寮もあるのでしょうが)と、まぁそれ以外にも音大生は、普通の四大の学生よりも出費が嵩むと思います。
他方で、地域・年齢・性別・職種を全てならした日本の平均年収はこの数年の平均値は410~420万円だそうです。
因みに一番高かった1997年が467万円だったそうですから、この20年で10%も減ったことになります。
もちろんこの間はバブル崩壊の低成長の時代ですが、かと言ってデフレ率が10%という話は聞いたことありませんから、単純に国民の収入が純減したことになります。
さて、この410万円程度の平均的なあるいは普通の日本人で、子女を私立の音大に通わせることが果たして可能でしょうか?
4年間の学費だけで、2年分の年収を優に上回ります。
そしてその他もろもろの費用も賄うとなると、これはほとんど不可能かと思います。
もちろん、奨学金や特待生の制度もあるのかも知れませんが、全ての学生がその恩恵に与れるわけではありませんよね。
また普通の学生のように、そうそうバイトに励むわけにもいけないでしょうし、どの楽器をやるにせよ、恐らく手や指の怪我などは絶対避けたいところでしょうから、自ずから職種も限られるでしょう。
そして言うまでもなく、音大の前には、ずっと音楽を習わせているわけで、それまでにも相当な出費を要することは言うまでもありません。
そう考えると、やはり私立の音大に子女を通わせてるご家庭は、経済的には平均的な普通の家庭ではなく、客観的な数値に基づけば裕福なご家庭だと思います。
(ご本人たちが普通だと思われるのは、主観的な感覚、あるいは謙遜も込めてるのでしょうね)
音楽家の金銭感覚が世間とずれているというのは、古今東西を問わないようで、ベートーヴェンの例も当てはまるかと思います。
ベートーヴェンは、皇帝の弟のルドルフ大公、ロプコヴィッツ侯、キンスキー伯の3人から、年間4000グルデンの年金を受けていたのは、夙に知られていますね。
そのうちロプコヴィッツ侯は破産し、キンスキー伯は落馬事故で亡くなり、履行してくれたのはルドルフ大公だけとなり、ベートーヴェンが訴訟を起こしたのもまた夙に知られています。
ベートーヴェンは、この4000グルデンでは、戦争の混乱の中のウィーンでは生活できないと、1810年にライプツィヒの楽譜出版社ブライトコップ社に書き送っています。
さて、この4000グルデンがいかなるものだったのか?
私自身の博士論文からで恐縮ですが、ベートーヴェンがこの年金を受けていた頃のウィーンの他の人たちの収入を見てみると:
・宮廷顧問官(今日の日本の官制で言うと、審議官・局長級)で4000から5000グルデン
・宮廷書記官(同じく課長級)で1500から2000グルデン
・軍の大佐で1800グルデン
・ウィーンの助任司祭で600グルデン
・初等学校の教員は200グルデン強
・男性の一般労働者400グルデン
・女性の労働者で150グルデン
(労働者の給与は当時は日給制が基本なので、年額換算したもの)
言うまでもないですが、宮廷顧問官や宮廷書記官は、ハプスブルク帝国でも数えるほどしかなかった大学の法学部出身のエリートで、かつ大学に行けるくらい裕福な平民か、大抵は貴族が占めるポスト。
これを前提にするなら、ベートーヴェンが受けていた4000グルデンという金額は、個人的にはかなり破格のものだと思います。
もちろん、今日の「楽聖」ベートーヴェンという評価からすれば、はした金に過ぎないのでしょうが、当時はまだあまたいる音楽家の一人に過ぎなかったはず。
モーツァルトも借金まみれの貧困のうちに亡くなったと言われますが、彼の手紙を読むと、無心する金額は、ウィーンの庶民の金銭感覚からすればかなりずれたもので、やはり浪費の末の自己破産に近い状態だったのだろうと推察します。
さて、冒頭のとある方のコンサートの話に戻ります。
その方も含めた音楽家の方々からすれば、練習や本番の会場の費用、楽譜の用意(曲によっては著作権料も発生するでしょう)、宣伝広告費、会場の設営や運営のコストなど、逆にこの料金で赤を出さずにやれれば、御の字だという反論もあろうかと思います。
でも、逆に考えてみてください。
サラリーマンの1回のランチにかける費用は、全国平均で平成26年は600円台に乗ったものの、昨年は再び500円台に戻ったとのこと。
いわゆるワンコイン・ランチで、サラリーマンは空腹を満たしているのです。
(因みに福岡のオフィス街のランチ専門の弁当屋なんかは400円を切るような弁当を売ってます)。
その音楽家の方が仰るクラシックに興味のない「普通の」方が、ランチ10回分、つまり勤務日で数えると2週間分のお金を、果たして興味もないジャンルのコンサート代に出してくれるでしょうか?
卑近な話で恐縮ですが、私は極力、九響の定期演奏会には参上しています。
九響の定期演奏会の料金は、S席5200円、A席4200円、B席3100円です。
在京のオケよりは安いですが、その分福岡は物価も賃金も安いので、そこを勘案すれば東京とそうは変わらないと思います。
私はクラシックに興味のある人間なので、5000円を出すことに(懐は痛みますが(^-^;))躊躇はしません。
でも、クラシックに興味のない「普通の」方が、この金額を出す気になるかと問われると、かなりネガティブな答えになりそうです。
元は教会・王侯貴族の道楽の産物であるクラシック音楽が、庶民が支え手の中心となると、当然このようなある種の歪み・行き違い・需給ギャップが生じるのは致し方ないことかと思います。
ましてや日本には教会も王侯貴族も存在したというヨーロッパの伝統とは隔絶した社会の上に、クラシック音楽がかなり脆い状態で立脚してるのですから。
それに加えて、音楽家の金銭感覚と聴き手の金銭感覚のギャップがますます広がると、これはいよいよ日本でのクラシック音楽も、存亡の危機に陥るのでは?と、ちょっと大袈裟ではありますが感じた次第。
ましてや毎年のように音大からは音楽家の卵が巣だっていくのに対し、日本は人口減少社会となり、クラシック愛好家は明らかに高齢者に偏っているので、数十年もすれば、完全に聴き手と音楽家の需給バランスが崩壊するのは、目に見えてますし。
長文&駄文、失礼しましたm(__)m