だいぶ大きな揺れも減ってきて、昨日は九響の定期演奏会が予定通りに開催されました。
曲目は以下の通り

客の入りは、7割5分といったところでしょうか。
平日のソワレということもありますし、やっぱり九州新幹線が止まっていて、熊本の好楽家が訪れにくいという情況もあったかと思います(被災生活でコンサートどころでないというかたも多数いらっしゃるかと思います)。
前半は、ダルベルトをソリストに迎えたベートーヴェンの第4番。
私自身は、ダルベルトによるベートーヴェンは聴いたことがなかったし、ドイツ物の王道作品をどう処理するのか、楽しみにしていました。
まずはやっぱり予想通りというか、ゴツゴツとした昔かたぎのドイツのピアニストのタッチとは違いましたね。
しっかりと打鍵はしていると思うのですが、例えばバックハウスのようなゴツい音は出てきません。
恐らくその秘密は、極めて細かく操作しているペダルによるものだと思いました。
けっこう彼のペダリングにも気を付けて見ていたんですが、浅く踏んだり、繊細に外したりと、こういう操作が奏功していたと思います。
また特にfの箇所での左手の打鍵は、高い位置から垂直に腕を落とす感じで、右手を上回るくらいに雄弁でした。
なお、カデンツァはベートーヴェン自作のものでした。
アンコールとして、まず昨日突如として訃報が入ったプリンスを追悼して、ドビュッシーの「ヒースの荒野」。
全くジャンルも異なるし、およそ芸風も異なるダルベルトに対して、プリンスという人が何かしらの影響を与えていたからこその追悼だと思います。
こういうジャンル横断的なスターが、音楽の各ジャンルのタコツボ化により登場しにくくなっている現代において、貴重な人材を失ったのだろうと思います。
私自身、プリンスの音楽はよく知りませんし、彼のことはせいぜい芸能ニュースレベルのニュースしか知りませんでした(^-^;)
プリンスに比べたら遥かにスケールダウンした話になりますが、例えば昨今の紅白歌合戦で全ての視聴者が知っている曲となると、下手したら番組最後の「蛍の光」くらいかも知れないし…
話は脱線しましたが、さらにこれに続いて、止まぬ拍手に対して、やはりドビュッシーの「ゴリウォーグ」で締めてくれました。
こう書くと失礼かも知れないんですが、やっぱりダルベルトにはベートーヴェンよりドビュッシーが合っているなぁと思いました。
前々から書いてますが、ドビュッシーの苦手な私が、「あぁ、いかにもドビュッシー」と感じたわけですから(笑)、やはりダルベルトのドビュッシーは絶品なのだと思います。
「ゴリウォーグ」は、むかしピアノを習ってたときに「やらされた」曲で懐かしいです。
「リズムのいい勉強になる」とのことで(苦笑)。
たどたどしくて、全く弾けてるレベルではない聴くに耐えないものだったでしょうが…
さて、後半は「家庭交響曲」。
以前にも書きましたが、このオケは10年ほど前にも、秋山さんの指揮でこの難曲を演奏しているんですよね。
シュトラウスの作品のなかでも、とりわけ大規模なこの作品をこの頻度で取り上げるのは、なかなか珍しいことかと思います。
また、スコアに省略可とされてるサックスもしっかり4本揃えられており、布陣は万全でした。
演奏内容も、抜群に素晴らしいものでした。
この作品は、シュトラウスのやはり大規模な交響詩である「アルペン・シンフォニー」と比較すると、取り上げた題材のせいか、お祭り騒ぎになり、音の洪水になることがしばしばです。
しかし、昨日の九響の演奏は、指揮の小泉さんの意図もあってか、実に整理されていたので、金管が他の楽器の音をかき消したり、ある楽器がテーマを弾いてる(吹いてる)箇所なのにそれが聴こえてこないなどということはありませんでした。
また特筆に値するのは、個々のプレーヤーの技術の高さです。
この曲の重要な楽器であるオーボエ・ダモーレも実に情感豊かに奏されていました。
そしてハイCが何度もでてくるトランペットや、跳躍の大きいホルンといった、シュトラウスによって苦労させられる金管陣も悉く決めてきたのには、ほんとうに驚きました!
これは地元の身びいきではなく、また全くのお世辞でもなく、この難曲をこのレベルでしっかりと演奏できるオケは、日本でもそうはないだろうと思います。
録音されてるなら、是非リリースすべきレベルだと感じました。
先程書いた以前の秋山さんの時は、多少アンサンブルの怪しいところを、パワーで捩じ伏せた感じがありましたが、今回は全くそのようなことがなく、アンサンブルもパワーも申し分ないものでした(^-^)
終演後の「ブラーヴォ」やスタンディングオベーションも納得でした。
なお、公演の開始前、終演後には熊本地震への募金活動がおこなわれて、特に終演後は小泉さん自ら募金箱を持って募金を呼び掛けてました。
(ささやかながら協力させて頂きました)
地元のオケとして、頼もしく感じた一コマでもありました。
そうした音楽そのもの以外のことも含めて、大満足の一晩でありました♪
曲目は以下の通り

客の入りは、7割5分といったところでしょうか。
平日のソワレということもありますし、やっぱり九州新幹線が止まっていて、熊本の好楽家が訪れにくいという情況もあったかと思います(被災生活でコンサートどころでないというかたも多数いらっしゃるかと思います)。
前半は、ダルベルトをソリストに迎えたベートーヴェンの第4番。
私自身は、ダルベルトによるベートーヴェンは聴いたことがなかったし、ドイツ物の王道作品をどう処理するのか、楽しみにしていました。
まずはやっぱり予想通りというか、ゴツゴツとした昔かたぎのドイツのピアニストのタッチとは違いましたね。
しっかりと打鍵はしていると思うのですが、例えばバックハウスのようなゴツい音は出てきません。
恐らくその秘密は、極めて細かく操作しているペダルによるものだと思いました。
けっこう彼のペダリングにも気を付けて見ていたんですが、浅く踏んだり、繊細に外したりと、こういう操作が奏功していたと思います。
また特にfの箇所での左手の打鍵は、高い位置から垂直に腕を落とす感じで、右手を上回るくらいに雄弁でした。
なお、カデンツァはベートーヴェン自作のものでした。
アンコールとして、まず昨日突如として訃報が入ったプリンスを追悼して、ドビュッシーの「ヒースの荒野」。
全くジャンルも異なるし、およそ芸風も異なるダルベルトに対して、プリンスという人が何かしらの影響を与えていたからこその追悼だと思います。
こういうジャンル横断的なスターが、音楽の各ジャンルのタコツボ化により登場しにくくなっている現代において、貴重な人材を失ったのだろうと思います。
私自身、プリンスの音楽はよく知りませんし、彼のことはせいぜい芸能ニュースレベルのニュースしか知りませんでした(^-^;)
プリンスに比べたら遥かにスケールダウンした話になりますが、例えば昨今の紅白歌合戦で全ての視聴者が知っている曲となると、下手したら番組最後の「蛍の光」くらいかも知れないし…
話は脱線しましたが、さらにこれに続いて、止まぬ拍手に対して、やはりドビュッシーの「ゴリウォーグ」で締めてくれました。
こう書くと失礼かも知れないんですが、やっぱりダルベルトにはベートーヴェンよりドビュッシーが合っているなぁと思いました。
前々から書いてますが、ドビュッシーの苦手な私が、「あぁ、いかにもドビュッシー」と感じたわけですから(笑)、やはりダルベルトのドビュッシーは絶品なのだと思います。
「ゴリウォーグ」は、むかしピアノを習ってたときに「やらされた」曲で懐かしいです。
「リズムのいい勉強になる」とのことで(苦笑)。
たどたどしくて、全く弾けてるレベルではない聴くに耐えないものだったでしょうが…
さて、後半は「家庭交響曲」。
以前にも書きましたが、このオケは10年ほど前にも、秋山さんの指揮でこの難曲を演奏しているんですよね。
シュトラウスの作品のなかでも、とりわけ大規模なこの作品をこの頻度で取り上げるのは、なかなか珍しいことかと思います。
また、スコアに省略可とされてるサックスもしっかり4本揃えられており、布陣は万全でした。
演奏内容も、抜群に素晴らしいものでした。
この作品は、シュトラウスのやはり大規模な交響詩である「アルペン・シンフォニー」と比較すると、取り上げた題材のせいか、お祭り騒ぎになり、音の洪水になることがしばしばです。
しかし、昨日の九響の演奏は、指揮の小泉さんの意図もあってか、実に整理されていたので、金管が他の楽器の音をかき消したり、ある楽器がテーマを弾いてる(吹いてる)箇所なのにそれが聴こえてこないなどということはありませんでした。
また特筆に値するのは、個々のプレーヤーの技術の高さです。
この曲の重要な楽器であるオーボエ・ダモーレも実に情感豊かに奏されていました。
そしてハイCが何度もでてくるトランペットや、跳躍の大きいホルンといった、シュトラウスによって苦労させられる金管陣も悉く決めてきたのには、ほんとうに驚きました!
これは地元の身びいきではなく、また全くのお世辞でもなく、この難曲をこのレベルでしっかりと演奏できるオケは、日本でもそうはないだろうと思います。
録音されてるなら、是非リリースすべきレベルだと感じました。
先程書いた以前の秋山さんの時は、多少アンサンブルの怪しいところを、パワーで捩じ伏せた感じがありましたが、今回は全くそのようなことがなく、アンサンブルもパワーも申し分ないものでした(^-^)
終演後の「ブラーヴォ」やスタンディングオベーションも納得でした。
なお、公演の開始前、終演後には熊本地震への募金活動がおこなわれて、特に終演後は小泉さん自ら募金箱を持って募金を呼び掛けてました。
(ささやかながら協力させて頂きました)
地元のオケとして、頼もしく感じた一コマでもありました。
そうした音楽そのもの以外のことも含めて、大満足の一晩でありました♪