競馬中継を観ようとチャンネルを回してると、野球をやってました。

スポーツに関しては、関心がないのでよく分からないんですが、朝晩冷え込むようになったこの季節でもやってるんですね。

新聞も、政治面と社会面と経済面くらいしか読まないので、スポーツに関して全く無知な私です(^-^;)


今日は、1950年代前半に、今は亡きオランダのフィリップス・レーベル(もちろん企業としては残ってますが)によって行われたベルリン・フィルの録音集を


この4枚組のCDは、2007年にドイツローカルで発売されたそうで、日本での販売は割に短期間で終わってしまったようです。


まずは、ベルリンの中心街のクーダムの当時の風景をあしらったカバーフォトがお洒落ですよね☆



しかし、ジャケットを開いてみると…


銃弾の痕の生々しい旧フィルハーモニーの写真!


当時、ヨーロッパで最高の音響を誇ったベルリンの旧フィルハーモニーは、1944年1月の空襲で灰燼に帰し、その後のコンサートはベルリン国立歌劇場、さらに1944年夏にベルリン国立歌劇場が閉鎖されると、劇場であったアドミラルパラストや、旧フィルハーモニー近くのベートーヴェン・ザールなどを転々として、辛うじて演奏会を続けてました。

戦後は、映画館を改装したティタニア・パラスト、ダーレムのゲマインデハウス、当時ベルリン市立歌劇場が間借りしていた現在のテアター・デス・ヴェステンス、そしてアドミラルパラストで公演を続け、「カラヤン・サーカス」の渾名で知られる現在のフィルハーモニーが建てられるまで、この状態が続いてました。


録音に関して言えば、当時のシェフであったチェリビダッケはキャリア早々で録音に嫌気がさし、商業録音はほとんど行わず。

共同統治者のフルトヴェングラーも、DGへの幾つかの録音を除いては(ただ、残された数少ない録音には、シューマンの第4交響曲、シューベルトの大ハ長調交響曲、ハイドンの第88盤などの不滅の録音がありますが)、商業録音は基本的にはEMIとウィーン・フィルと行ったため、ベルリン・フィルは自分たちのシェフとの商業録音はほとんど行っていなかったことになります。


よって、カラヤンが着任するまでのベルリン・フィルの商業録音は、基本的には客演指揮者たちなど、シェフ以外の指揮者によって行われてます。


さて、このCDも4人のシェフ以外の指揮者によって、1951年から1953年、すなわちフルトヴェングラー時代末期に録音されたものです。

以下、( )内は指揮者名。


《CD1》
・モーツァルト 交響曲第35番(レーマン)
・モーツァルト 行進曲 K.249(レーマン)
・ケルビーニ 「アナクレオン」序曲(レーマン)
・ヴェーバー 「オイリアンテ」序曲(レーマン)
・メンデルスゾーン 「フィンガルの洞窟」(ケンペン)

《CD2》
・ベートーヴェン 交響曲第3番(ケンペン)
・ベートーヴェン 交響曲第8番(ケンペン)

《CD3》
・ベートーヴェン 交響曲第5番(ヨッフム)
・ベートーヴェン 交響曲第7番(ケンペン)

《CD4》
・ベルリオーズ 幻想交響曲(オッテルロー)
・ワーグナー 「ジークフリート牧歌」(オッテルロー)
・シベリウス 「悲しきワルツ」(レーマン)
・ポート 「愉快な序曲」(レーマン)


まずは素晴らしいのが、ケンペンによる「エロイカ」。
フランス・ディスク大賞も獲ったことで知られる名盤。

個人的には、フィリップスの録音というと、オランダのレーベルらしく、やや平板で、DGのようなゴツゴツとした録り方をしないイメージですが、このケンペンの「エロイカ」は、本当にゴツい音を出してます。

まさにフルトヴェングラー時代のベルリン・フィルの音で、スコアにあるアクセントを強調しなくても、十分な程です。


ケンペンは、オランダ人ながら、ドレスデン・フィル、さらにアーヘンの歌劇場の音楽総監督を務め、ベルリン・フィルとも戦争中から録音を残してます。

戦後はナチスとの関係から、祖国では閑職に追いやられ、1953年にはドイツのブレーメン歌劇場の音楽総監督に就任したものの、1955年に62歳で亡くなってます。

彼のベルリン・フィルへのデビューは、1935年で、戦後は1953年に6500人の聴衆を前に第九を振ってます(フィルハーモニー再建の為の慈善コンサート)。



お次に素晴らしいのは、オッテルローによる幻想交響曲。


オッテルローの幻想交響曲は、他にもありますが、このベルリン・フィルとの録音は、昔から爆演系の幻想交響曲として夙に知られた録音です。

なお、オッテルローはベルリン・フィルをコンサートでは振ったことは無いそうです。


レーマンの録音では、「アナクレオン」の清新さが際立っています。


レーマンは、フィリップスよりもむしろこの時期にはDGに膨大な録音を残しており、個人的にはブラームスの「ドイツ・レクイエム」は名盤だと思います。

彼のベルリン・フィルへのデビューは、1939年で、最後の客演は死の2年前の1954年12月でした。


そしてヨッフム


ヨッフムは、ご存じのように近い時期に1回目のベートーヴェンの交響曲全集の録音をDGに行ってますが、この全集での「運命」はバイエルン放送響と行っています。

ヨッフムは、これに先立つ1945年1月12日というナチス末期にも、ベルリン・フィルと「運命」を録音しています。

ヨッフムのベルリン・フィルへのデビューは30歳の時の1932年で、以後フルトヴェングラー時代、カラヤン時代を通じて毎シーズンのように客演し、死の前年の1986年にアラウとの「皇帝」(これはNHKのFMでも放送されましが、40分を超す演奏で、私が聴いたありとあらゆる「皇帝」の中でも、最高のものでした。早く正規音源から発売して欲しい!)とやはり「運命」を振って、最後の客演を締めくくってます。

というわけで、ヨッフムは実に54年間にわたりベルリン・フィルとの関係を保ったわけで、常任指揮者も含めてこれを超える指揮者はいないのではないかしら?

ここに聴くベルリン・フィルとの「運命」は、彼が信奉したフルトヴェングラー風のもので、後年のヨッフム自身のスタイルの確立への過渡期の様相を呈してます。


こんな素晴らしいセットを廃盤にせず、是非とも復活させて欲しいものです。