今日は特に午後から台風の吹き返しの風雨が激しく、外出できずに音楽三昧でした♪


それはそうと、さいきん随分と久しぶりにドストエフスキーの「罪と罰」を読みました。


それこそ、高校時代に読んだきりかしら?


果たして当時の高校生の私に、どれだけ理解できたかはかなり怪しいところですが、その頃は岩波文庫のヨーロッパ文学を、国を問わず片っ端から読んでました。


ロシア文学に関しては、トルストイの「アンナ・カレーニナ」は割とストンと腑に落ちました。

他方で「戦争と平和」は、登場人物の多さに辟易しつつも、歴史物ということで、どうにか読み終えることは出来ました。

ドストエフスキーは、この「罪と罰」といい「カラマーゾフ」といい、いかにも高校生には難解でした。
トーマス・マンの「魔の山」並みに頭が痛くなりました(^-^;)


今回は、休みの日や、仕事の日は通勤時間や休憩時間、帰宅してから30分ほど時間を作って、どうにか3週間ほどで読了しました。


今回は岩波文庫のではなく、話題になった亀山訳のものを


読みやすいとの評判の一方で、誤訳や文意の取り方の誤りなども指摘されてるようですが、まぁ私はロシア語はできないので、その辺は割りきって読みました。


人によってこの作品の読み方は様々だと思います。

有名なラスコーリニコフとポルフィーリーの心理戦、人間のプライドと醜悪さ、ラスコーリニコフの殺人の正当化の論理、ラスコーリニコフを通じて最後に示される人間の回生、ニヒリズムや社会主義の匂いetc.

私はやはり歴史を研究してるせいか、やはりここで描かれてるペテルブルクの貧困の様相が気になります。

もちろん、ドストエフスキーというフィルターを通してのペテルブルクの光景なので、史実としてどこまであてにできるかは別だし、誇張はもちろんあるにせよ、ここに描かれてるロシア社会では、半世紀後にはロマノフ王朝もロシア革命であっさり倒れてしまうのも、むべなるかなという感じです。



それにしても、ロシア人(というかスラヴ系)の名前は、なかなか頭に入ってこないです(苦笑)。

ヨーロッパの純文学を読んだのは、何年間前に読んだシュティフターの「晩夏」という、「罪と罰」とはまるで毛色の異なる作品以来でした。



ついでにお供で聴いた音楽の一つが、ロシア音楽ということで


パウル・ファン・ケンペン&コンセルトヘボウ管によるチャイコフスキーの作品集(1951年の録音)。

交響曲の録音は昔から名盤の一つに挙げられてましたが、管弦楽曲も含めて纏めて本家からリリースされたのは、随分と久しぶりかと思います。
(第5番の第4楽章には、この時代の録音らしく、カットがあります)

戦争中のナチスとの関係で、戦後は不遇だったケンペンの貴重な記録の一つです。