今日は朝から、かつてのN響の常任指揮者だったヴィルヘルム・シュヒターがN響を振った録音を


ドヴォルザーク 交響曲第8、第9番
レスピーギ 「ローマの松」
スメタナ 「モルダウ」
ドヴォルザーク スラヴ舞曲第10番

彼がN響の常任に就いた初年度の1959年の録音。

録音場所はNHKホールとなっているので、内幸町の旧ホールのことかと思います。

音質は一部はステレオで録られており、よく言われるように録音に関してはNHKはドイツの放送局よりも先にいっていたと思います(映像の方は残念ですが…)。


シュヒターとN響の録音や映像は、これまで限られたものしか知られてなかったので、これは有りがたいです。

ドイツ物が一つも無いというのもおもしろい(^^)


しばしば引用されるように、今は亡き岩城さんが語るところによれば、とにかく怖い人だったらしく、そのトレーニングは過酷を極めたとのこと。

彼が常任を務めた3年間で、楽員が3分の1入れ替わったというのは、夙に知られた逸話ですし、1962年に離任してドイツに戻る際に、羽田空港で元楽員から「二度と帰ってくるな!」と罵声を浴びせられたという、本当か嘘か判らない逸話も残ってるくらい。


もっとも、アメリカの一流の楽団では、こうした首切りはごくごく普通に行われていて、ジョージ・セルがクリーヴランド管に着任しておよそ20年後に残っていた楽員は3分の1ほどだったといいますし、フリッツ・ライナーはシンシナティ響で1回のリハーサルで木管と金管の全ての奏者をクビにしてます!

またアルトゥール・ロジンスキーは、ニューヨーク・フィルに着任早々、6人の首席を含む14人の奏者をクビにしてます。


おかげで、アメリカのオケでは楽員のユニオンが早くから結成されるというオマケもつきましたが。

それに比べれば、シュヒターはかわいいほうかも(笑)


彼はケルンの音楽院で作曲をヤルナッハ、指揮をアーベントロートに学び、歌劇場の叩き上げでのしあがり、北ドイツ放送響でシュミット=イッセルシュテットを支えてました。

またエレクトローラ(独EMI)の「ハウスディリゲント」として、国籍を問わず膨大な数のオペラの抜粋を同社に録音しています。

その録音は15年ほど前に独EMIから一挙にCD化されましたが、やはり厳格なアンサンブルは際立ってました。

ただ、オペラを熟知してるだけあって、歌手に合わさせるだけではなく、歌手に合わせるということもちゃんとやってます。


その流儀をN響でも押し通したかったのでしょうし、何よりやはり本場ドイツのオケとのレベルの差を知り、そうせざるを得なかったのかも知れません。


その甲斐あってか、就任のお披露目だった「新世界」はともかく(決して悪くはない)、第8番なんか見事なもの。

レスピーギも金管陣、奮闘してます。
下手すると、今のN響より巧いんじゃない?と思える箇所もあるほどです(笑)。


いずれにしても、楽員にどう思われたかはともかく、このオケを鍛え上げたという点では、大恩人かと思います。



なお、シュヒターはN響を離任して、ドイツに帰国後はドルトムント歌劇場の音楽総監督に就任し、見事に鍛え直し、1974年にプローべの最中に倒れ、62歳で亡くなってます。