言うまでもなくマーラーの歌曲集。



ドイツ語の「Geselle」を「若人」と訳してしまうのはいかがかとは思いますが、これだけ定着してしまうと、これでいいかと思います(^^)


マーラーの交響曲をいくつか聴いてるうちに、久しぶりに聴いてみようと、スコア片手に2人の歌手の3つの録音を聴きました





まず、最初に聴いたのは、はるか半世紀以上前の録音なのに、未だに至高の録音とされる


フィッシャー=ディースカウ
フルトヴェングラー&フィルハーモニア管

1952年の録音。


常にカタログから落ちることのないロングセラーの録音ですね。

さすがにフィッシャー=ディースカウの声の若々しいこと!
まだデビューして5年ほどの頃ですよね。

ただ、やはり19世紀の名残を残す感情を重視したそれまでの伝統的な表現よりも、理性的な表現で、それまでのドイツの歌唱界とは一線を画す歌い口は、既に現れていますね。

しかも、この若さで既に巨匠フルトヴェングラーと共演とは、本当に恐れ入ります。

マーラーをほとんどやらなかったフルトヴェングラーも、しっかりと合わせてます。

スコアを見ながら聴いてて、遅めのテンポを基調とし、ほんの僅かな間の取り方なんかが流石に抜群に上手い(もちろん、マーラーのスコアだから、そのあたりの指示は元々細かいけど)。

第2曲の「朝の野辺を歩けば」を聴きながら、フルトヴェングラーが振ったであろうマーラーの第1交響曲を想像するのも悪くありません(言うまでもなく、この曲の第1楽章の第1主題と共通)。


よく知られているように、このEMIへの不朽の名盤の録音のきっかけになったのは、前年1951年のザルツブルク音楽祭での両者の共演。

8月19日のウィーン・フィルのオーケストラコンサートでの共演です。

曲目は…

メンデルスゾーン 「フィンガルの洞窟」
マーラー 「さすらう若人の歌」
ブルックナー 交響曲第5番


まぁ、すごいプログラムです(苦笑)

因みに、全て録音は存在します。



で、マーラー


この演奏で、フルトヴェングラーはマーラーに開眼したと言われてます。

とはいえ、その後1954年に亡くなるまでマーラーの交響曲を振ることはなかったので、厳密にいえば、マーラーの「さすらう若人の歌」に開眼した、ということかも知れません。

もっとも、フルトヴェングラーは遥か戦前には、ベルリン・フィル相手にマーラーの第1交響曲や第3交響曲、「亡き子をしのぶ歌」なんかをやっていて、全く無縁だったわけではありません。

演奏内容は、フィルハーモニア管との録音のほうが完成度は高いし、スタジオ録音とライブ録音の差があるので、音質はフィルハーモニア管とのほうが上です。

ただ、ウィーン・フィルの音色を楽しみたい方には、こちらも是非ですし、EMIの名盤の成立のきっかけになったという歴史的価値もあります。


なお、フルトヴェングラー・ファンとして、この時期のフルトヴェングラーの活動を確認しておくと…

・1951年4月にスカラ座で「パルジファル」と「オルフェオとエウリディーチェ」を指揮

・同月末から1ヶ月かけて、ベルリン・フィルとエジプト・イタリア・フランス・ドイツツアー

・5月19-20日にウィーン・フィルの定期演奏会

・6月26日と28日にチューリヒ・トーンハレ管と「トリスタン」(ローレンツのトリスタン、フラグスタートのイゾルデ、グラインドルのマルケ王という神々しいまでの歌手陣!)

・7月29日 バイロイト音楽祭の再開記念コンサートで、「バイロイトの第九」を指揮

・8月からザルツブルク音楽祭に登場。この年に取り上げたオペラは「魔笛」と「オテロ」

・8月17日にルツェルン音楽祭に登場。バルトークのオケコンとかを演奏

・再びザルツブルクに戻り、上記のフィッシャー=ディースカウとのマーラーなんかを指揮

・8月25日 再びルツェルン音楽祭に登場。「神々の黄昏」の抜粋を指揮(ローレンツのジークフリート、ヴァルナイのブリュンヒルデ、グラインドルのハーゲンという「神々の」歌手陣)

・再びザルツブルクに戻り「オテロ」「魔笛」を振り、31日の閉幕コンサートで第九を指揮(全曲の録音と抜粋映像あり)

・9月5日 ベルリンに戻り、シラー劇場再建記念コンサートで第九を指揮


かなり長くなりましたが、とんでもなくハードなスケジュールをこなしていたフルトヴェングラーです。
おかげで、翌年のザルツブルクでダウンし、長期休養の羽目になります…



ここまでは、フィッシャー=ディースカウの「さすらう若人の歌」でしたが、お次は彼よりも遥かに年長のドイツの名バリトンによる同曲を♪


ハインリヒ・シュルスヌス(Br)
ツィリヒ&ヘッセン放送響

1951年の録音。


ということで、奇しくもザルツブルクでのフィッシャー=ディースカウとフルトヴェングラーの共演盤と同じ年の録音。


シュルスヌスは1888年生まれのドイツの名バリトン。

長くベルリン国立歌劇場の看板歌手で、DGにも大量の録音を残しています。

ワーグナーなどもさることながら、ドイツ人ながら、ヴェルディを大変に得意とした歌手で、全曲録音、抜粋録音、アリアの録音も含めて多数存在しています。


フィッシャー=ディースカウとの違いは、これは誰がどの曲で比較しても聴いても判りますが(シューベルトのリートでもいいです)、伝統的な主情的な歌唱で、かつこの人はとても甘い声です。

戦前から日本でも大変に人気のあった歌手でした。


この録音が行われた頃には、シュルスヌスは既に持病の心臓病を悪化させており、もはやオペラの舞台に立つことは、ほとんどありませんでした。

事実、翌1952年には心臓病で亡くなってしまいます。

しかし、この録音を聴く限り、衰えを感じさせません。

第2曲の練習番号18のGisのFis高音も、さすがはハイ・バリトンとして鳴らしただけあり、伸びがいいです。

そして第3曲「私の胸の中に燃えるナイフを」の劇性は、フィッシャー=ディースカウよりも優れてますね。
シュルスヌスのスタイルと曲の性格が一致してるのだと思います。

第4曲の「恋人の青い目が」の最後の歌詞の「Und Welt und Traum」の本当に消え入るようなpppは、ゾクッとします。


残念ながら、この録音は久しく廃盤のままで、しかもヨッフム&コンセルトヘボウの「大地の歌」の廉価盤のカップリングという目立たない扱いです。

フィッシャー=ディースカウ以降、リートの世界は歌い手も聴き手にとっても完全にパラダイムシフトした感じがしますが、たまには立ち止まってこういう前の世代の演奏にも耳を傾けてはいかがかしら?



と、古いものばかり聴いてる私が言うと、説得力がないですね(^-^;)