今日は、音楽の話ではありません。
お医者さまの話。
私は子供の頃は首都圏に住んでました。
ごく普通の住宅街で生活し、子供の足で2,3分のところに、小児科と産科がありました。
そのうち小児科の方は、当時で既に70をとうに過ぎたであろう(80歳に近い?)白髪のお医者さまが経営する診療所でした。
診療所といっても、本当に本当に小さな診療所で、木造の平屋建てで、床は板張り。
間取りも診察室と待合室と調剤室があるくらい。
待合室の椅子も木製で、クーラーなんかもありませんでした(なにしろ30年以上も前の話ですから)。
そのわりには、敷地はやたらと広くて(それも駐車場とかではなく、雑草が生え放題で子どもたちの遊び場)、後日先生が亡くなられて廃院になった後は、8軒の戸建て住宅ができたほどでした。
いくら子どもが今よりも多かった私の世代とはいえ、近所にそこそこ大きな総合病院とかもあったせいか、あまりはやってる様子ではありませんでした。
まぁそれほどの土地があるのに放置してるくらいだから、お金の為に商売気を出して多角経営という発想ではなかったのでしょう、ひたすら子供相手の診療を続けてらっしゃいました。
きっと年齢からすると、明治生まれの先生でしょうから、恐らくは戦前に旧帝大の医学部を出られているであろう、超のつくエリートだったと思います。
しかし、お世辞にもはやってるとは言えない小ぢんまりとした小児科の診療所をずっと続けていらっしゃったということは、きっと相当に強い使命感というか、ご自分の仕事にプライドをお持ちだったんでしょうね。
5,6年前に上京したおりに、久しぶりに尋ねてみましたが、上述の通り、小児科の診療所の跡は、戸建て住宅になってましたし、向かいにあった産科も無くなってました。
昨今、この2つの診療科は、お医者さまの間では人気が無いそうですね。
小児科は、泣きじゃくる子ども相手に手こずりながら診察した挙げ句、診療報酬が悪いということ(だいぶ改定されたそうですが)、産科はいつ何があるか分からない過酷な仕事の上、しかも昨今は訴訟リスクが大きいからとよく言われますね。
確かに、代々お医者さんの家系なら、初期投資や設備投資はそこまで要することもないでしょうし、資金繰りに窮するこもとないのでしょうが、新規に開業となると、途方もないお金がかかりますものね。
看護師も不足気味とのことなので、人件費もバカにならないだろうし。
きれいごと抜きにして、投資したお金を回収するためには、診療報酬の悪い診療科や、過酷な仕事の割りには訴訟リスクの大きな診療科は、割りに合わないんでしょうね。
産科に関しては、親も子どもは必ず無事に生まれると盲信してるきらいがあると個人的には思います。
残念ながら、どの動物にも、出産には母子とも一定の割合で死や障害を伴うリスクがあるわけで、やはり妊娠して子どもを作りたいというのには、そのリスクを引き受ける覚悟は必要だろうと思います。
もちろん、医者の手抜きや過誤で死産とか母親が亡くなるというのは訴訟になって当然でしょうが、懸命に手を尽くした挙げ句、訴えられたらたまったものではない!という産科の先生の気持ちもまたとても理解できます。
話がだいぶ逸れてしまいました。
私はいまは田舎住まいで、さらに仕事柄、各地の結構なド田舎に行きます。
で、不運にも仕事先で急病になると、そこの病院にお世話になります。
病院といっても、大抵はお医者さん一人、看護婦さん二人くらいとかの、本当に小さな診療所です。
大体は老人の集会所になってます(笑)。
こういう所の先生がすごいなぁと思うのは、ご自身の専門科以外の患者さんも当然診ないといけないということ。
都会でお腹が痛いからといって外科に行けば、内科や胃腸科に行け!と言われるでしょう。
しかし、こうした僻地の診療所では、外科も内科も精神科もへったくれもないわけで、先生はありとあらゆる分野の病や症状に対応されるわけです。
そして総合病院とかと違って、分からなければ他の診療科の先生や同僚の先生と相談したりしてる暇も相手もなく、目の前の患者さんと向かいあわないといけない(もちろん、小さな診療所では満足に治療ができないような手に負えない病なら、大学病院とか拠点病院とかに紹介状を書くのでしょうが)。
そういう意味で、こういう所で働かれる先生は、能力もさることながら、高い志をお持ちなんだと思います。
昔に比べれば、それこそこういう先生たちの尽力のお陰で、都会と田舎の医療格差はだいぶ縮んだと思います。
しかし、それでも例えばMRIひとつとっても、こんな僻地の小さな診療所には当然無いわけで、一刻を争う病の場合、やはり都市と田舎の医療格差はまだあるのだと思います。
昨今、国会の一票の格差の問題がクローズアップされ、衆参ともに定数削減や区割りの変更、合区とか考えられてるようですね。
もちろん、民主主義の国で、一票の平等はとても大切だと思います。
(個人的には、衆院は完全に2倍以内に収め、国勢調査ごとに区割りを変更して一票の格差を極力抑え、他方で参院は各都道府県の有権者から選ばれた知事が議員になり、東京都知事も鳥取県知事も同じ一票を有して、地方の声が反映されにくくなる衆院とバランスをとるべきだと思います。参院は一票の平等の例外とするという憲法改正が必要でしょうが、かなりドイツに近い制度かも)
でも、一票の平等以上に大切だと思うのは、命の平等だと思います。
僻地に住んでるが故に、都会では落とすことのない命が失われるとすれば、それは一票の格差以上に由々しきことだと思います。
一票の格差で命を落とすことはありませんが、医療格差は命を落とします。
先日来、増田元総務相あたりからでてきた、将来消滅する可能性のある自治体の話が話題になっていますが、その過程ではこの医療格差が再び広がると思います。
人口が減れば、経営が厳しくなる病院は撤退するでしょうが、しかしいくらその自治体の人口が減少するとはいえ、ゼロになることはなかなかないと思います。
そして、そこに残された人の医療は一体誰が面倒をみるのでしょうか?
こういう危惧の念を抱くとともに、こうした僻地での医療に尽くされてる老若男女のお医者さまや看護師さんたちに、深い敬意を抱く次第です。
自分が病院にお世話になる機会が多いから、余計にそう思います。
ささやかながら、少しでも社会と医療に貢献できたらと、毎月献血するのが、私にできていることです(^-^;)
珍しく真面目でスミマセンでした。