今日は、往年の巨匠カール・シューリヒトが振ったリヒャルト・シュトラウスの「アルペン・シンフォニー」を♪

(アルヒフォン盤)



(ヘンスラー盤)


オケはシュトゥットガルト放送響で、1955年1月4日の録音。

同日には、オブシエのヴァイオリン協奏曲とメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」が演奏されています。



シューリヒトの振ったシュトラウスのその他の作品の録音となると:

・「家庭交響曲」が3種類
(1940年のミラノ・スカラ座管との伊HMVへの商業録音、1960年のシュトゥットガルト放送響との録音、1961年の北ドイツ放送響との録音。この内、北ドイツ放送響との録音は未公刊)

・「ツァラトゥストラ」(1953年のシュトゥットガルト放送響との録音)

・「死と変容」が2種類(1920年代のカット有りのホモコードへの商業録音と、1954年のシュトゥットガルト放送響との録音)

・「英雄の生涯」(1959年のシュトゥットガルト放送響との録音)

・「グントラム」の第1幕への前奏曲(1956年のシュトゥットガルト放送響との録音)


そして、この「アルペン・シンフォニー」。


メジャーな「ドン・ファン」や「ティル」の録音が無いのは、何とも意外です(もしかしたら、何処かの放送局のアルヒーフに眠っているのかも)。



さて、この「アルペン・シンフォニー」の録音ですが、同じ内容ながら、2つのレーベルから発売されており、今日入手可能なのはヘンスラー盤の方だと思います。

個人的には、ヘンスラー盤はやや整音してるかなぁ?という感じで、他方で1992年発売のアルヒフォン盤はあまりいじってない印象を受けます。

因みに、いずれも南ドイツ放送協会の正規音源からの復刻なので、その点は問題無しです。

アルヒフォンは、ご存じの通り、シューリヒトの貴重な録音を、当時まだご存命だったマルタ未亡人の許可を得て発売し、それらがシューリヒトのDeccaやEMI、DG、コンサートホール等への商業録音には存在しなかったレパートリーを多数含んでいたので、マニアの間では大変重宝されてました。


演奏の方は、わりとこざっぱりとした時のシューリヒトが出てますね。

音がモノラルということもありますが、あまり派手なスペクタクルの要素を前面に出すというよりは、あの分厚く複雑なスコアをストレートに読み解いたという感じ。

雷雨のシーンも、絵画的・映像的というよりは、純粋に音楽的です。
マゼールなんかとは反対でしょうね(^^)

とはいえ、モノラルでも音質は優れているので、十分に音圧は確保されています。


シューリヒトがこの1種類しか録音の無い「アルペン・シンフォニー」をどの程度振っていたかは、正確なところは判りません。

もちろん、あの編成の作品をそもそもそう頻繁に取り上げるということは、今日でもそうそうありませんから、ある程度回数は限られていたと思います。

ただ、そこそこ若い頃(と言っても60歳の時です。なにしろ巨匠として認識され始めたのは、70歳を過ぎた1950年代に入ってからの人でしたし)から、この作品を取り上げていたことは、確実です。

というのも、このアルヒフォン盤に貴重な資料が掲載されているからです。

それは1940年11月13日に、ミュンヘンからヴィースバーデン(シューリヒトは当時ヴィースバーデン市の音楽総監督)に、シューリヒト宛に送られたリヒャルト・シュトラウスの電報です。

文面はこうです(私の拙いドイツ語の訳でスミマセン):


「音楽総監督 カール・シューリヒト殿。

親愛なる同僚へ!


貴殿からの電報に心からの謝意と、「アルペン・シンフォニー」の成功に心よりの祝意を贈ります。この成功には私も大いに喜びました。この作品は国外ではまだ比較的知られておらず、それだけに貴殿のこの作品の精力的な宣伝は、私にとり価値があるのです。

敬具。

リヒャルト・シュトラウス」。



この文面から推測できるのは、シューリヒトが外国、つまりはドイツ以外で「アルペン・シンフォニー」を振り、そのことをシュトラウスに電報で知らせていたということです。


で、シューリヒトの活動記録を見てみると、この電報の3日前にミラノ・スカラ座管に客演しています。

タイミング的には、この折りに「アルペン・シンフォニー」を振ったのかな?と想像します。

なお、並行してこの時期にミラノ・スカラ座管と「家庭交響曲」、ザンドナーイの「中世風セレナード」、レズニチェクの「ドンナ・ディアナ」の序曲を録音してます。


私の浅はかな推測に過ぎませんが、少なくともこの頃から既に「アルペン・シンフォニー」も振っていたことは確かだと思われます。



なお、カップリングはやはりシュトゥットガルト放送響とのマーラーの第3交響曲(1960年)。

マーラーを復活させたと言われるバーンスタインなんかよりもはるか昔の1920年代から、シューリヒトは積極的にマーラーを取り上げ、ヴィースバーデンではマーラーの音楽祭を催していました。

(因みにヴィースバーデンにとってのマーラーの第3交響曲の初演は1918年で、シューリヒトの指揮によってでした)


今日録音が残っているシューリヒトによるマーラーの交響曲は、第2番、第3番、そして「大地の歌」のみですが、その他の交響曲も実演では取り上げていました。

その証拠としても貴重な録音です☆