今日はクレンペラー晩年のブルックナーの第7交響曲の録音を聴きました。

ここのところ、この曲を集中的に聴いてましたが、今日このクレンペラーを聴いたきっかけは、ヴァント&ベルリン・フィルの録音

個人的には、苦手な指揮者の一人です(苦笑)

因みに使用譜は、例によってハース版。


で、演奏内容はともかく、興味を持ったのは、ヴァントのインタビュー。

過去の指揮者を挙げて、自身への影響を語ってます。

まず、トスカニーニについては、「私はトスカニーニのように暴君ではありません」と答えてます。

音楽的には割りと近いかと思いますが、人間性は違うと言いたいのでしょうか?(笑)



次にフルトヴェングラーについては、「自分とは大きな違いがある」旨を述べてます。

まっ、これは誰が聴いてもそう思いますよね。
多分、クラシックに興味がない人でも、同じ曲をフルトヴェングラーの録音と、フルトヴェングラーの時代並みのモノラルに音質を落としたヴァントの録音を聴かされたら、指揮者が違うことは分かると思います。
それくらい、両者の違いますよね。

かつて、別のインタビューでも、フルトヴェングラーのベートーヴェンの第1交響曲の第2楽章の録音を例に挙げて、「自分にはこうは振れない。時代も変わった」というような主旨のことを述べて、否定的な見解を示してます。


その点、「明解さという点で、トスカニーニ以上に影響をうけた」のが、クレンペラーとのこと。

音楽性はともかく、気難しい人間性という点でも似てるところはあるかも(笑)


興味深いのは、チェリビダッケなどの同世代の指揮者との比較を嫌ってるわりに、若い指揮者が自分を慕ってくれていることに、悦びを示していること。

晩年のヴァントは、日本では半ば神格化された感じがしますが、彼も人並みにそういう感情は持っていたんですねw


さて、ヴァントが親近感を抱いたクレンペラーとの違いをこの曲に関して言うと、クレンペラーより親子ほど若いヴァントが古い原典版であるハース版を使っているのに対し、年長のクレンペラーの方が新しい原典版であるノヴァーク版を使っていること。


この曲は、初版譜=シャルク改訂版、ハース版、ノヴァーク版と、主に3つの出版譜があります。

この中でシャルク改訂版とノヴァーク版は、近似関係にあるかと思います。
他方で、ハース版は相当に禁欲的に改訂版を刈り込んでいます。


代表的な違いは、第2楽章の打楽器の有無、第4楽章の煩わしいまでのテンポに関する指示の取捨選択など。


そしてもうひとつが、第1楽章のコーダである練習番号X(413小節)の指示の取捨です。

ここには、自筆譜に「Alla breve」とまず書かれ、二つ振りが指示されてます。
次に「Sehr ruhig」(非常に静かに)と書かれ、その後に「nach und nach etwas schneller」(次第に少し速く)と書かれてます。

因みに、いずれもこの当時のドイツ語の筆記体で書かれてます(ドイツ語の筆記体は英語のそれとはかなり違います)。

これが、ブルックナーの筆跡か否かという問題はともかく、この指示はブルックナーの音楽の形式としてはかなり異様なもの。

ブルックナーの交響曲の両端楽章のコーダは、大抵は堂々たるもので、テンポに関する指示もあまりありません。

それに比べて、この第7交響曲の第1楽章のコーダの指示はかなり例外的で、しかもこの楽章の最後までその他のテンポに関する指示は無し。
つまりは、この指示通りだと、楽章の最後まで加速し続けることになり、どちらかというとマーラー的。
(この点の不可解さを、ハース版使いだった朝比奈氏もかつて指摘してました)


因みに、こうしたコーダにテンポに関する指示を加えてるのは、改訂版によく見られ、例えば堂々たる大伽藍を築く第8番の第4楽章のコーダにすら「少しだけ加速」など、今日の原典版に慣れた耳には異様に聴こえます。

こう考えてみると、この第7交響曲の第1楽章の413小節の指示は、シャルク等の弟子の手になるものか、あるいは弟子の進言を容れたブルックナー自身のものなのかも知れないですね。


因みに、この箇所の各版の処理は

①改訂版
「Alla breve」の指示は文字ではなく、楽譜に記号で記してます。
後の「Sehr ruhig…」以下の指示は、自筆譜と同一。

②ハース版
「Sehr ruhig」のみ。

③ノヴァーク版
(Alla breve)と()付で表記した上で、「Sehr ruhig…」以下は自筆譜と同一。


というわけで、改訂版とノヴァーク版はほぼ同一、ハース版だけが異なり、テンポは動かしてはいけないことになります。



能書きが長くなってしまいましたが(^-^;)、肝心のクレンペラーの録音を

クレンペラー&北ドイツ放送響

1966年5月3日のライブ


数あるクレンペラーによる同曲の録音の中でも一番最後のもので、巨匠が81歳になる年の録音(因みに1972年1月のフィルハーモニア管の演奏会でこの曲が予定されてましたが、結局クレンペラーがキャンセルしそのまま引退となったため、幻に)。


彼のこの曲の解釈は、他の録音を通じて、多少歳とともにテンポが遅めになる他は、大きな相違はありません。

北ドイツ放送の正規音源からの復刻ですが、第3楽章にノイズと音揺れがある他、録音のせいか、ややトランペットが飛び出し気味ですが、さすがは優秀なオケです。


美しいなぁと思ったのは、第2楽章の練習番号L(105小節)のフルート。

楽譜の指示はpですが、ほぼppで吹かせていて、また、そのデリケートなこと!


他にも、「巧いなぁ」と思わせるのは、第3楽章の主部の最後。
スコアでいうと245小節。

スコアでは、既にその前の233小節からトランペットがffで第1主題を奏しているのですが、クレンペラーはこの245小節で一旦mpくらいに音量を落として、そこからまたクレシェンドさせ249小節のfffにもっていき、これが実に効果的(もちろんスコアにそんな指示はありません)。

これは、他の録音でも同様です。



なお、解説によると、この公演の成功を受けて、当時のハンブルク国立歌劇場の支配人で作曲家としても有名なリーバーマンが、クレンペラーに対して、同歌劇場での「ローエングリン」の指揮を打診したとのこと。

クレンペラーは、はるか半世紀以上前の1912年に、後の大歌手エリーザベト・シューマン(当時既婚)と不倫中で、まさにこの歌劇場でまさにこの作品を指揮している最中に、客席最前列に陣取った彼女の夫であるプリッツ氏に鞭で打たれるという有名な事件がありました。

もちろんというべきか、それだけが理由ではないのでしょうが、クレンペラーはこの申し出を断ったとのこと(笑)。

しかし、クレンペラーの「ローエングリン」を晩年の演奏で是非聴いてみたかったです。





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