ほんの50年前まで、ドイツ語圏のオペラハウスでは、全ての演目が独語で歌われてました。
「フィガロ」も「トラヴィアータ」も「カルメン」もみんな独語。
しかも歌手が独語が不得手だと、さらに厄介なことに…

1936年6月7日のウィーン国立歌劇場での「アイーダ」のライブ(指揮はデ=サーバタ)
ラダメス役のユッシ・ビョルリンク(スウェーデン人)がスウェーデン語で歌い、他の歌手は独語で歌ってます

このような習慣は、カラヤン時代のウィーン国立歌劇場で1950年代末から改革され、原語上演が一般的になりました。
しかし1960年代はまだ過渡期で、多くの歌劇場で独語で歌われてました。
それを証明する録音が…

「フィガロの結婚」
フィガロ…ワルター・ベリー
伯爵…フィッシャー=ディースカウ
伯爵夫人…マリア・シュターダー
スザンナ…リタ・シュトライヒ
ケルビーノ…ハニー・シュテフェク
ライトナー&ベルリン・フィル(1961)

「ドン・ジョヴァンニ」
ドン・ジョヴァンニ…フィッシャー=ディースカウ
ドンナ・アンナ…クレア・ワトソン
ドン・オッターヴィオ…エルンスト・ヘフリガー
ツェルリーナ…リタ・シュトライヒ
レポレロ…ワルター・ベリー
レーヴライン&ベルリン放送響(1963)
いずれも独語歌唱で、本来の伊語の歌詞を思い出しながら聴くと、ニヤッとしてしまいます
