この方
クレンペラーナチを逃れて渡米し、ロス・フィルの音楽監督に就任したものの、脳腫瘍を患い麻痺が残り。
さらに躁鬱病が悪化、女性歌手に対しストーカー騒ぎを起こし、サナトリウムに入院させられるも脱走騒ぎを起こし、N.Y.タイムズの一面に載る始末

アメリカでのキャリアの絶たれたクレンペラーは、戦後ヨーロッパに戻り、1946年からアメリカのVOX社に録音を開始します。
その1枚が
メンデルスゾーン 「スコットランド」(オケはウィーン響)クレンペラーは1951年に第2楽章まで録音した後、ウィーン交響楽団とギリシャに楽旅しました。
しかし帰国後クレンペラーがスタジオに戻らなかったため、会社はさっさとヘフナーという指揮者に残りの楽章を録音させ、秋には発売しました。
これに激怒したクレンペラーはVOX社との契約を破棄します。
因みにVOX社の社長は、メンデルスゾーンの末裔を名乗るメンデルスゾーン氏というオチも(笑)
なおクレンペラーは9年ごとにこの曲の録音を残しており、1960年には
フィルハーモニア管1969年には
バイエルン放送響なおこのバイエルン盤は、終楽章の長調のコーダを、クレンペラーが短調に書き換えたことでも有名(笑)