この時期は、ウィーン・フィルを筆頭に、各種のニューイヤーコンサートで必ずと言っていい程演奏される「ラデツキー行進曲」

ところが、日本では何故か「ラデッキー」と誤記されることがしばしば

言うまでもなく、この曲のタイトルとなったのは

ヨハン=ヨーゼフ=ヴェンツェル・ラデツキー伯(Johann Joseph Wenzel Graf Radetzky 1766-1858)
ご覧の通り、綴りからして「ラデッキー」ではなく「ラデツキー」。
確かに外国の固有名詞を日本語に完全に直すのは不可能です。
「ゲーテ」だって、そのまま読んでも多分ドイツ人には通じないし、第九の歌詞で有名なシラーだって昭和初期までは「シルレル」と表記され、もはや別人(笑)
とはいえ、「Radetzky」の綴りは、やはりどう読んでも「ラデツキー」。
英語文化に慣れた日本人には、「ラデツキー」より「ラデッキー」の方が発音しやすいんですかね

ちなみにこのラデツキー、陸軍在籍は通算72年

5人の皇帝に仕え、1836年には元帥に。
1848年には、オーストリア帝国では三月革命が吹き荒れ、首都ウィーンをはじめ、プラハ、 ブダペスト、 ミラノ、 ヴェネツィアといった帝国各地でも蜂起が発生。
そんな中、80歳を過ぎたラデツキーの北イタリアでの活躍が、革命鎮圧に決定打をもたらしました。