と私が勝手に思っているのがフランツ・コンヴィチュニーの時代

今じゃ、息子で演出家のペーターの方が有名ですが、やはり私にとってはコンヴィチュニーと言えば、親父の方。
極度のアルコール好きで(ほとんどアル中)
、本番でもウィスキーの匂いをプンプンさせていたらしい(笑)
そんな彼は、1949年に首席指揮者に着任してから、1962年に楽旅先で亡くなるまで、その地位にありました。
1961年には同オケの初来日にも同行してます。
よく古色蒼然などと言われますが、それでも彼がこのオケと遺したベートーヴェンとシューマンの交響曲全集は、私の愛聴盤です

このオケは名指揮者を生むことで有名で、1920-30年代のこのオケには、コンマスとしてシャルル・ミュンシュ、 首席オーボエとしてルドルフ・ケンペ、 そしてこのコンヴィチュニーはヴィオラ奏者として在籍してました
今日聴いたのは

ブルックナー 交響曲第7番
1958年の録音。
さすが東ドイツの指揮者だけあって、使用譜はハース版
ナローレンジな録音で、お世辞にも聴き易くはないですが、どこかモッサリとした彼の特徴が出てます。
彼のブルックナーの録音は、他に第2、 4、 5、 8、 9番があったと記憶します。

今じゃ、息子で演出家のペーターの方が有名ですが、やはり私にとってはコンヴィチュニーと言えば、親父の方。
極度のアルコール好きで(ほとんどアル中)
、本番でもウィスキーの匂いをプンプンさせていたらしい(笑)そんな彼は、1949年に首席指揮者に着任してから、1962年に楽旅先で亡くなるまで、その地位にありました。
1961年には同オケの初来日にも同行してます。
よく古色蒼然などと言われますが、それでも彼がこのオケと遺したベートーヴェンとシューマンの交響曲全集は、私の愛聴盤です


このオケは名指揮者を生むことで有名で、1920-30年代のこのオケには、コンマスとしてシャルル・ミュンシュ、 首席オーボエとしてルドルフ・ケンペ、 そしてこのコンヴィチュニーはヴィオラ奏者として在籍してました

今日聴いたのは

ブルックナー 交響曲第7番
1958年の録音。
さすが東ドイツの指揮者だけあって、使用譜はハース版

ナローレンジな録音で、お世辞にも聴き易くはないですが、どこかモッサリとした彼の特徴が出てます。
彼のブルックナーの録音は、他に第2、 4、 5、 8、 9番があったと記憶します。