以下は、私の専門であるオーストリア史から。
フランツ=ヨーゼフ・ロプコヴィッツ侯ハプスブルク帝国屈指の名門貴族にしてパトロン。
「エロイカ」「運命」「田園」などを献呈されてます。
彼が以下の2人と図り、ベートーヴェンに終身年金を与えて、ウィーンに引き留めたことは有名。
フェルディナント・キンスキー侯ロプコヴィッツ家と並ぶベーメン(ボヘミア、 現在のチェコ)の大貴族で、ハプスブルク家の重臣の一族。
因みに、現在のリヒテンシュタイン侯ハンス=アダム2世の妃は、キンスキー侯家の出身。
皇帝の末弟ルドルフ大公言うまでもないベートーヴェン最大のパトロンにして弟子。
彼らは毎年4000グルデンを支払うことに。
もっとも、キンスキー侯が1812年に落馬で死去、ロプコヴィッツ侯も破産し、1816年に死去し、最後まで支えたのはルドルフ大公というのは、有名な話。
この額は、宮廷顧問官という官僚のトップの年俸と同程度。
当時のウィーンの一般労働者の10倍から20倍の給与に相当します。
十分過ぎる額に聞こえますが…
当時は対仏戦争で帝国財政は窮乏。
政府は紙幣の増刷で対応するものの、激しいインフレを引き起こし、1811年にはデノミを断行。
激動の時代でした。